創価学会からの脱会を考える会
オーナーオーナー:れいな   メンバー数メンバー数:34人   最近1週間のメッセージ数:4通
サークルの紹介

皆さん、こんにちは! 「創価学会からの脱会を考える会」の管理人です。

創価学会からの脱会を考えているが、親が熱心な学会員、恋人に入会を勧められている、職場の上司が学会員で入会を強制されている、脱会したいが幹部のイヤガラセはないだろうか? 家庭訪問されないだろうか? 「脱会届」をどうのように書け...

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From:  れいな

84年、創価学会系列の出版社「第三文明社」が刊行した「わが栄光の青春―創価学
会青年部体験談集」というシリーズ本がある。
岸本加代子、工藤夕貴、松あきら(元宝塚、現・公明党衆院議員)など、学会“文化人”たちが、信仰体験をそれぞれに綴っている。

同書の中に、「生命を磨き妙法の大女優に」のタイトルで、杉田かおるが登場している。
<母は 、父との離婚や経済的な重圧など、胸の苦しさをまぎらわせようとして、ヤケ酒におぼれていったのです。
一升酒をあおるように飲み、クダをまいている母の哀れな姿(中略)”といったどん底の生活から、学会の信仰を得たことによって生活が改善。
“ご本尊様にめぐり合えてよかった。
創価学会に、そして池田先生にお会いすることができてよかった―その実感でいっぱいです>

 この本を取り出すと、杉田は顔色を変えた。
「あの本はもう見るのも嫌です。聖教新聞の記者が私を取材をして書いたものです
が、内容は大半が創作です。
インタビュー中に、もっと悲惨な体験はないか。もっと悲惨なとうるさい。母が酒乱で、酒に溺れていたとか、私の喘息の症状も重症になっている。
家族がこの原稿に激怒し、もう、全面的に書き直してほしいと思いました」

 一般には芸術部の部員は丁重に扱われる。一般信者獲得のための広告塔であると同時に幹部たちが、芸能部の有名人たちと席を共にしたがるからだ。
 実際杉田にもたくさんの誘いがあったという。
「会食会など、最高幹部主催の特別な集まりにも、ほかの芸術部の人たちと何度も招待を受けました」
 創価学会の本部のある信濃町近くには、学会員が経営する、学会御用達の店が幾つかある。
値段は決して安くない。杉田はそうした店で何度か酒宴に招かれたという。
杉田の証言と、本誌の取材からその一つの酒宴を再現してみよう。

 時は、今から十年ほどさかのぼる。
杉田は指定されたレストランに到着し、女中の案内で個室の座敷に通された。
そこではすでに4、5人の副会長が酒を飲んで待っていた。
大きなテーブルで、奥側に副会長たちがずらりと並んでいたという。
 副会長のひとりが腰を上げていった。
「さあ、そんな座り方をしないで。男と女、交互に座ろうよ」

杉田たちは、席を立ち、副会長たちの間に座った。
 料理が運ばれてきてテーブルに並べられた。そして酒も。
「ちゃんと酌をしろ」
 杉田は、隣に座ったすでに酒で顔が赤くなった副会長の一人から酌を求められた。
その高圧的に言い回しに杉田は少し頭にきた。感情を抑えながら静かにいった。
「芸能界でもお酒は自分で飲むものです。
私たちは、人に勧める商売ではありません」 その副会長は少したじろいだようだったが、怪訝な顔をしていった。
「何で酌しないんだ。だいたいもっと色っぽい格好しなければ駄目だよ」
 周りを見ると、杉田の先輩であるYやSはしなを作りお酌をして回っていた。
 そのうち、別の副会長がいい出した。
「みんな、足をあげて踊ってくれ」
 さすがにラインダンスまでは披露しなかったが、ある芸術部員は、スカートをちょっとあげたりして踊るふりをした。
「いいよな、この仏教は。酒が飲めるからな」
 副会長がいったこの言葉が杉田の頭をついて離れなかった。宴は2時間を超えた。

「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」
 池田はメロンを指して自慢げにいった。池田のメロン好きは有名である。
池田はスプーンでメロンをすくいうまそうな表情で、一口食べた。そして周りを見回していった。
「みんなに食べさせて上げよう」
 本当かどうかはわからないが、貴重なメロンである。杉田は、そんな貴重なメロンをみんなに味わわせてあげたいと思っている池田の思いやりに少し感激した。

 ところが、池田は、自分の食べかけメロンの皿を横の人間に回した。そしてその人間は、
同じスプーンでメロンをすくい口に運んだ。
そして次へ――。

彼らは喜んで次々と同じスプーンを口に運んだ。
 席には男性幹部や女優たちがいた。中には、スプーンをしゃぶるようにする中年の幹部もいた。
 嫌悪感が背筋を走った。
 だが、そう感じているのは杉田だけのようだった。皆、嬉しそうに「美味しい」といっている。
 誰もスプーンを持ってきてくれと頼む人はいない。皿が、だんだんと杉田の席に近づいて来る……。
「無意識に顔を顰めて“食べたくない”という顔をしていたのかもしれません。
 隣に座っていた婦人幹部から睨みつけられました」
 メロンの皿は、杉田の隣まで来た。メロンの大部分はすでに削り取られており、どろりと汁が皿にこぼれていた。

そして皿は杉田の前に回ってきた。池田以下、テーブルを囲んでいた人々の視線を感じた。杉田は覚悟を決めた。
 なるべく少なくメロンを削りスプーンに載せた。しかし、力を入れすぎたのか、結構の量がスプーンに載っていた。
 一瞬目をつぶって、口の中に入れた。なるべく味わわないように飲み込んだ。
 池田は自分が食べた後、残りを周囲の幹部に回す習癖を持っている。
 忠誠心を試しているともいわれるが、幹部たちはこれを“お下げ渡し”と呼ぶ。

時は、それからしばらく下る。場所は、信濃町の学会本部近くのレストラン。
 学会御用達の店の一つである。杉田たちが池田と会食する機会が巡ってきた。
 その場には、杉田などの芸術部員のほか、学会顧問弁護士や女子事務員、それに副会長たちが席を埋めていた。
 出席者が揃ったところで、池田が顔を見せた。
 席についた池田は、テーブルをぐるりと見回し、まずは杉田たちの芸術部員の方を向いていった。
「今日は誰が来ているの。ああ、芸術部員ね、華やかだね、綺麗だね」
 そして、体の向きを変えた。
「こちらは? 弁護士? 秘書? ああ、弁護士など人間の最低の境涯ね。でも、本気で修行すれば、来世はもっといい者に生まれ変わるからね」
 また向きを変えた。「こっちは副会長か、バカどもの集まりね、はい、では食事をしましょう」
 池田のそうした態度に対して、愛想笑いをしている側近幹部たち。杉田はとても笑顔を作ることができなかった。
「もう、学会との関係は断ち切ろうと決断しました。信仰というのは、個人の問題。信仰を捨てようとは思いませんが、学会から離れて自分を見直したい、そう考えたのです」

脱会した杉田かおる

 では実際、芸術部員の「広告塔」ぶりとはどのようなものか。九九年夏、都内のホテルで筆者は、女優の杉田かおるをインタビューしたことがある。
 芸能界に七歳でデビューしている杉田は、大ヒットしたテレビドラマ「3年B組金八先生」や「池中玄太80キロ」の出演で、本格的な女優の道を歩み始めた。その一方、熱心な学会の活動会員であったことはあまり知られていない。
 父親が学会員であったことから、「〇歳で入信」したという杉田は、青春時代、聖教新聞を配達し、布教に努め、東京・品川区内の女子部副部長の役職まで任命された強信者。池田大作の著書『人間革命』の本をボロボロになるまで何度も読み返したという。
 そんな杉田が一七歳になった一九八一年、学会員で「芸術部員」だった某女性歌手から「芸術部」ヘの所属を勧められ、メンバーとして加入した。
 八四年、成人式を迎え、有権者になった杉田は、早速、選挙運動にかり出される。「広告塔」のスタートである。初めての応援は、八五年の東京都議会選挙。芸術部員で女優のKと一緒に、町田市や中央区に配置された。

早朝、公明党本部の車が迎えに来る。随行する公明党職員の手には、一日の行動予定がびっしりと書き込まれていた。街頭宣伝カーに乗っても、何を話してよいのかさっぱり分らない。ただ、「公明正大な公明党とか、当たり障りのない言葉をマイクに向かって叫んでいた」という。 純白のスーツに「杉田かおる」と大書したたすきをかけ、手には白手袋。その手を車の窓から出して、ちぎれんばかりに手を振り続けた。開票日、「杉田かおる」と書かれた投票用紙が何十枚とあったという。
 杉田は女優として知名度があり、機転も利くし、なによりも、学会の信仰には人一倍熱心である。創価学会・公明党の「広告塔」として、申し分のない適任者であったのだ。
 やがて、選挙応援を重ねるにつれ、遊説にも慣れ、選挙ごとに「広告塔」として全国を飛び回るようになる。選挙運動も信仰活動の一環とされ、交通費などすべては自費である。
 それでも、新幹線を乗り付けて地方に応援に行ったときなど、夕食に招待された。公明党の選挙応援に出向き、夕食に招待するのは、なぜか地元の学会・最高幹部である。なにを勘違いしたか、くだんの最高幹部氏、杉田と顔見知りになったことを利用してか、実に不愉快なこんなエピソードもあったという。

 選挙が終了した数日後、ともに夕食をした地方の最高幹部から杉田の自宅に、いきなり電話がかかってきた。こんな会話である。
 「新幹線代を出すから来ませんか……」
 「なぜですか」
 「君の顔を見たいから、時間の都合をつけてくれ」
 「私は本部から派遣されて行っただけ。個人的に行くことはしません」
 「そのへんのところ、都合つけてよ」

 杉田に執拗にくいさがった最高幹部とは、氏名を伏せるが、ちなみに某副会長である。
 ともあれ、こうして杉田は三〇歳の歳まで公明党の「広告塔」になるかたわら、自ら"F票"を取り、さらには日夜を惜しみ、学会活動に専念してきた。
 「このような話をするのはこれっきりにしたい」
 と、語った杉田は、五時間に迫るインタビューに、何度も泣き、涙で濡れたハンケチを握りしめながら答えてくれた。芸術部員になって別格扱いにされ、池田 氏から食べかけメロンのお下げ渡しをされる。または、神仏と尊敬してきた池田氏の生身の人間性を何度も眼の当たりにして、杉田が抱いてきた組織信仰に対する違和感が次第に膨張していった。
 「学会を離れて、もう一度、自分を見直してみたい」
 と、ついに、学会を脱会し女優に専念するのである。自ら聖教新聞まで配達していた女優、杉田かおる。学会・公明党も貴重な「広告塔」を失ってしまったようである。

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2010.01.16 00:08:54


返信返信 (1通)
From:  王様

こういった脱会体験談は大変に貴重なものだと思います。

池田大作名誉会長を直に知りうる最高幹部達や杉田かおるさんのような人の体験談はとても参考になります。

こういった脱会体験談を読んで、学会員の方もマインドコントロールから目覚めて欲しいですね。


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2010.01.17 20:55:50


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