葡国がスペイン統治(自治国家)にあった60年間から再独立を果たし、ブラガンサ朝が興こる。世界史の構図では、葡+英 vs 西+仏+蘭 であり、植民地ブラジルの砂糖、金、ダイヤモンドによって、葡国が支えられている時代である。葡国はこれら流入する富を、贅沢品を初めとする輸入に費やした。すべてが消費に回り、金はイギリスに流れた。産業資本と金本位制経済をイギリスが、わがものにするのはこの後である。
メインに入る前に辞することになって、相手をしてくださったオーナーほか、皆さんで何度もお引止めいただいた。
シェフは Luis Baena さん。すばらしい腕の持ち主なのだそうだ。ブリュッセルで学んだ後、リスボン、香港、マカオ、リオ・デ・ジャネイロと転戦、かの Paul Bocuse の直下でも腕を奮ったという。多くの5つ星ホテルのシェフを務め、97年香港の返還式典では4,000人の招待客の舌を満足させた料理人なのである
ネットで拾うと、http://spg.sapo.pt/XdE/665828.html (葡語サイト)という紹介もある。また、この8月には恵比寿ガーデンプレイスのウェスティンホテル東京で、催されたポルトガル料理フェアで来日されていたようだ。メインを戴かず申しわけありません。でも十二分に堪能させていただきました。
峠で山並を見下ろす。緑の中にオレンジ色の屋根の修道院が見える。風があるので、水面に波が立っている。今日も雨が降るかもしれないという。標高500メートルくらいのここは、強くはないが向きの定まらない風が吹いている。
同じように曲がりくねった坂を下ってアゼイタオンの町に入る。町といってもオリーブやブドウの畑があり、民家があり、資材置き場があるといったいなかの村である。
きれいに耕作された畑のむこうに、白いモダンな建物が見えてきた。裏には工場のような建屋もあり、朽ちたベンガラ色の甕が置かれている。ワイン蔵元でありレストランに到着した。
Quinta de Catralvos である。
余談になるが、とっさに甕(かめ)といってしまったが、壷とどう違うのか、旅のさなか気になり始めた。ネットで調べると、英語では jar あるいは pot 、葡語では、vaso (=英vase 花瓶など)、frasco(フラスコ)というが、厳密な使い分けはないようだ。日本では、人類学の定義で「頸の径が胴周りの2/3以上のものを甕、未満のものを壺とする」とのこと。確かに、時代劇でかまどの脇にあって水を溜めて柄杓で汲むのは甕であり、ギュっとくびれたプロポーションのいいものを壷という。この定義でいうと、さきほどのは甕でなく壷である。大きな壷である。くしゃみをしたら魔人が出てくるところが、左党のわれわれは、しゃっくりが出るほど中身を呑んでしまうので、大魔人もいつリリーフしていいか困っていることと思う。