しゅうさんへ
[私が消費者としての立場から考えたとき]
商店街がなくなって困るのは、そこで生計を立てている人達だけでしょうか?
直近の問題としては、そうでしょう。
消費者の立場としては、今なら消え去っても困る消費者は少ないかも知れません。
20年後、50年後はどうでしょう?
日本は出生率の低下で、50年後には人口9000万人を下回り、100年後には人口6000万人という予測です。
出生率がもっと低下したら人口減少はさらに加速します。
そして人口における65歳以上の割合が世界に類をみない数字になります。(そのため、1000万人の外国人移民受入れなどという格差社会を維持したい経済界の思惑を取り入れた提言が、自民党からだされています。)
現在でも坂本などの山間部は老年割合39%位、八代市では何パーセントだったか忘れましたが、全国平均よりかなり高かったと思います。
50年後、八代で車を運転できる人達はどの位いるのでしょう?
人口減少が加速し、老年人口が多い町にショッピングセンターがいつまでいてくれるでしょうか?SCが撤退する前にご近所の商店はもうとっくになくなっているはずです。ちょっと醤油だけ、味噌だけ買いたいと思ってもわざわざSCまで行かないといけないなんて20年後の私には酷です。でもそのSCさえなくなったらどうしましょう。老人も子供も若い人も身の回りの品を買いに行く所がずーっと遠くなり、途方にくれるのではないでしょうか。
今のお年寄りはお金を持っている人も多いですし、車に乗せて病院やSCまで連れて行ってくれる子供を持っています。でも老人予備軍には金なく子なく、という未来が待ってます。
杖をついて、押し車を押して歩く未来の私や老人予備軍のために病院も銀行も役所も商店も住宅も近くになければ困るのです。
私は歴史の浅い土地から八代に来ました。
ここに根を下ろすには、まず八代の歴史を知らねばと思い、八代史という本を読んだのです。
ここの商店街は400年以上の歴史があるんですね。小西行長が堺から商人を連れてきて造った商店街です。東南アジアとの貿易も盛んだった様で、豪商も沢山いたようですね。当時を想像すると、ワクワクします。もっと詳しく書きたいのですが、皆さん、ご存知と思いますので止めます。
そんな商店街には何としても生き残って貰いたい。企業は生き物ですから寿命があります。だから商店がころころ入れ替わったとしても、ここの商店街の歴史を閉じて欲しくないと思っています。
これは、他の土地の出身者としての感想です。
しゅうさん、黒川温泉のことを書いてましたね。若い人が立ち上がったのは多分、外部の人間からの刺激が大きかったからだと思います。当時というかその少し前、黒澤明監督が九重高原で映画の撮影をしてました。黒澤組は黒川に長い逗留生活をしていたのです。
その土地の良さに地元の人が気付くには外部の刺激が必要だと思っています。小樽などもその一例です。
文章に脈絡がなくなりつつあるのでここで失礼します。
しゅうさんの八代広域商店組合に関する問いに答えるまでいきついていませんが、まだ知りたい気持ちがおありですか?それとも、もう、よろしいですか?

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