カジュアル哲学
オーナーオーナー:和寇の末裔   メンバー数メンバー数:13人   最近1週間のメッセージ数:5通
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 従来の思弁的哲学を踏まえながら、日常の諸身辺の問題について、哲学的考察を加えようとするサ−クルです。いわば普段着の哲学です。

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 「格言」で例をあげてみると、典型的な「二律背反」とは次のようなのである。
 「情けはひとのためならず」という格言は、情けを掛けるのは他人を助けるためだけと思うのは間違いで、それが廻りまわって自分のところに廻ってくることにもなるのだ、という意味である。必ずそうなるとは限らないが、そういうつもりでやれ、という訓えであろう。これは正しい。
 これとは別に「情けが仇」という格言もある。
 なまじ、情けを掛けたために、それが裏目にでてまずい結果になってしまう場合があるから注意しなさい、という意味である。確かに、こういう場合もあるから、これも正しい格言である。
 この二つの格言は、全く逆のことを言っているのであるが。世間では両方とも認められている。「情けを掛ける」という行為には両面があるからである。
 こういうものが「二律背反」ということであると思う。それは単なる見解の相違ということではないのである。
 こう考えると、前述のカントの上げた四つ例は、すべて見解の相違と言うべきもので、「二律背反」の例としては不適切なものであると言えよう。各例とも定立と反定立の両方とも正しいと思う様な性質の例ではないからである。


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2009.06.26 06:56:32


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