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 人間以外の他の動物の場合は、自分より強い動物に襲われないように用心し、後は、「なわばり」内にある同じような餌を食って、寝て、繁殖行為をするだけである。それで十分なのだ。至極、単純である。だから、「なわばり」を拡げる必要はないのである。
 しかし、人間の場合は違う。それは「貪欲」というような一言では片付けられない。その背景があるのだ。
 人間の場合は、動物と同じ欲望もあることは言うまでもないが、その欲望のレパ−トリ−は、多様であり、無限に広がっているのである。
 人間の衣食住にはいくつものレベルがある、文明、文化も多様である。
 より美味しいものを食べて、より大きな立派な邸宅に住みたい、贅沢な衣服、装身具を身に着けたい等など、他の動物にはない欲望が無限にある。
 他人を支配し、服従させる快感を味わいたいという欲望もある。
 こんな欲望をすべての人が持っているというわけではない。その欲望の広狭や強度には人によって差がある。が、その欲求度が高い者ほど出世欲も強く、そういう人が、それが叶い、リ−ダ−になる確率が高いのである。
 そのようなリ−ダ−が出てくると、その欲望を満たすために、「なわばり」の拡大、即ち覇権獲得のための制覇行動を始めるのである。それが成功しても、いずれは他の制覇勢力によって亡ぼされるという運命にあるのである。
 人間の歴史が、この連続と繰り返しとなったのは、この真理によるものである、と思う。

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  • 2009.05.31 09:36:24

 このように、覇権の型にもいろいろあるが、基本は
「なわばり拡大指向」
である。
 動物には、「なわばり」がある。
 自分たちの餌を確保するとか、繁殖の目的で、一定の地域を支配して、同じ餌を食う同類が侵入しないように、防衛しようとする範囲が、動物の「なわばり」である。
 その「なわばり」を守るために、同類が入ってくると、鳥の場合は、激しい囀りの声を響かせて警告するのである。
 動物の場合は、自分の体液を木になすり付けたりして、自分の「なわばり」であることを示しておき、それでも侵入してくれば、吠え声を上げたり、威嚇したり、噛み付きかかったりして追っ払うのである。
 動物の場合は、本来、自分の「なわばり」内に十分な餌がありさえすけば、その「なわばり」を確保しておこうとするだけで、その拡大を図ろうとはしない。
 他のなわばり」に入り込もうとするのは、自分の「なわばり」がない、これから独り立ちをしなければなないものがやるのである。
 しかし、人間の場合は違う。
 武力を使ってでも、自分の「なわばり」を拡大しようとするのである。それが覇権拡大のための制覇強行の繰り返しになるのりである。
 その違いは何に起因するものであろうか。

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  • 2009.05.30 10:12:56

 07年あたりから、アメリカの住宅価格は下落し始め、値下がりは続き、ロ−ンの返済が滞り始め、ついに「サブプライムロ−ン」の破綻→リ−マン・ブラザ−ズの倒産を契機に世界金融危機へと発展したのである。
 これによって、5000万人の職が失わせたと言われるが、銀行、証券も、世界的自動車メ−カ−をはじめ、製造業も軒並み大赤字、失業率は過去最高、中高年失業者の再就職は絶望的、更には、若年層のロスト・ジェネレ−ション化で、前途有為な若い人財を葬り去るというという、個人にとっても国家にとっても大損失を蒙らせることになったのである。
 まさに、世界経済を奈落の底に陥し込んだアメリカの金融資本主義の覇権の結末であると言わざるを得ないのである。
・覇権興亡の哲学
 人間は、何故このような覇権興亡の歴史を繰り返すのであろうか。
 ここで想起するのは、「平家物語」の冒頭の一説である。
 「祇園精舎の鐘の声、所行無常の響きあり、沙羅隻樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす、驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し、猛き人もついには滅びぬ,ひとへに風の前の塵に同じ」
 全くその通りである。
 覇権の興亡、それは、人間のあくなき「貪欲」によるものだと言われる。が、それでは答えになっていない。覇権希求の真理はなにか。
 この問題は、一律てには答えられない。覇権のパタ−ンがた違うからである。
 覇権のパタ−ンは、「武力行使によるもの」「植民地化」「カネの流れの覇権」と三つあるが、前の二つと三つ目は別に考える必要があると思うのである。
 

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  • 2009.05.29 08:14:50

 ロ−ンを借りて家を買うほうは、住宅の価格が上がり続けるから、ロ−ンが払えなくなったら、家を売って支払えばよいのだ、という触れ込みで、ギリギリのロ−ンを組まされたのである。
 アメリカの投資会社は、この「サブプライムロ−ン」に目を付けた「モ−ゲ−ジ証券」という新商品を売り出した。
 この新商品は、リスクはあるが、金利の高いサブプライムロ−ンを、リスク回避の数学「金融工学」を駆使して、他の優良証券と多重かつ複雑に組み合わせた証券だから、中身は分からなくなっていたのだ。
 中身は分からないままで、ということでもないであろうが、この新商品に対して、格付け会社は、良い格付けをつけた。
 こうして、膨大なサブプライムロ−ン含みのモ−ゲ−ジ証券が世界中に大量にばら撒かれたのだ。
 投資会社等がこのような債権を買うための莫大な資金を創ったのはレバレッジ(梃子の意)と言う手法だ。この手法が元手の自己資金を何十倍にも脹らませた資金を創ったのだ。
 こうして、創り出された資金は、実態経済の規模を示すGDPの何倍にもなったのである。
 その博打マネ−の規模は、1970年にはGDPとほぼ同額であったが、1990年には、2倍になり、08年の金融危機寸前には実に3.7倍にも膨れ上がっていたのである。
 この証券が世界中にばら撒かれたのである。これを買ったのは、銀行、投資会社、年金基金、機関投資家であった。

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  • 2009.05.28 08:11:14

 この金利操作の常識は通用せず、長期金利は上がらなかった。これには、グリ−ン・スパンも首を捻ったが、それは次の理由によるものである、と考えられている。
 当時日本は、ブフレ最盛期で、超低金利であったため、日本からカネを借りてアメリカで運用して利鞘で儲けることが盛んに行なわれたのだ。こうしてアメリカにカネが流れ込んだために、長期金利が上がらなかったのである。
 こうしたアメリカのカネ余りが、輸入を増加させ、消費好きなアメリカ人の消費熱を更に煽りって、消費を増やさせ、アメリカへの輸出国に流れ込んだカネは、再びアメリカに還流するという形が定着したのだ。
 かくして、世界のカネがアメリカに集中することになった。まさしくアメリカによる世界のカネの流れの制覇であった。
 このアメリカの膨大ナカネ余り現象を利用して、儲けの手口として目をつけたのが、低所得者向けの住宅ロ−ンであった。
 住宅ロ−ン会社は、自分の家を持てない低所得者層に目をつけて、ロ−ンで住宅を買わせることを考えたのだ。
 かって、日本に「らくらくロ−ン」と称して行なわれたが、購入当初の何年かは、返済が絡にできるように、返済額を低く押さえ、その期間が過ぎると、給与も上がるからと、返済額を急増させるやり方である。
 アメリカでも、その方法で低所得者層にロ−ンで住宅を買わせた。これが「サブプライムロ−ン」である。
 当時、ブッシュ大統領は、「低所得者でも持ち家が持てるようになった」と喜んだという。

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  • 2009.05.27 09:56:24

・世界経済危機を招いたアメリカのマネ−制覇
 1992年当時不況に苦しんでいたアメリカのクリントン政権は、輸出を伸ばそうと、ドル安を容認した。しかし、輸出は増えなかった。
 1995年、クリントンは、リ−マン・ブラザ−デ出身のロバ−ト・ル−ビンを財務長官に起用した。
 ル−ビンは「ドル高はアメリカの国益に叶う」という持論を持つ、新自由主義者である。
 ここでアメリカは、金融資本主義に大きく軸足を移したのである。
 ル−ビンは、ドル高介入まではせず、口先介入だけであったが、ドル高は進み、対円ではドルは79円にまで高騰した。
 これでは、日本の輸出企業が成り立たない。
 日本政府は、このドル高に耐えかねて、「手持ちのアメリカ国債を大量に売るぞ」とアメリカに迫った。
 その結果、日米協調で、ドル高是正に取り組むことになった。
 やがて、FRBのグリ−ン・スパン議長の低金利政策で、アメリカの金融市場は金余り状態となった。これと、ル−ビンのドル高誘導で、アメリカにどんどんカネが流入し続け、バブルの兆候が顕われ始めた。
 これを警戒したグリ−ン・スパンは、金利操作でバブルを抑えようと考え、短期金利を引き上げた。短期金利が上がれば、地容器金利も上がり、バブルが収まると考えたのである。
 

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  • 2009.05.26 17:33:43

・植民地化という制覇
 植民地にするというのも覇権の一つの形であった。
 本国以外の未開に近い弱小国を経済的、政治的に支配するのが植民地化だが、その形態はさまざまである。
 自治領、保護領、委任統治等などいろいろある。住民の政治的な意識や文化度、伝統などを配慮して、支配形態を考えるのだ。
 植民地化の歴史は古く、古代ギリシャや古代ロ−マからあったが、15世紀の「大航海時代」以降に盛んになった。その特徴は四つある。
1植民地化しようとする相手が弱小だから、戦争を仕掛けて占領するという形にはなない。武力は使ったとしても、威嚇で屈服させる程度である。
2植民地化の目的は、その地の、貴金属、香辛料、その他の原料や奴隷労働力など資源の収奪、略奪貿易である。
3資源の継続的な収奪を目的として、植民地に資本を投入して「プランテ−ション」経営をすることもある
4上記2.3の目的を阻害しない限り、本国の主権の確立は必要としない
 この植民地化は、アジア、アフリカ、南アメリカが対象で、当初はスペイン、ホルルトガルが中心であったが、16世紀になるとイギリス、フランス、オランダが、参入、ドイツ、イタリア、日本は更に後発で参入したガ、20世紀初頭は植民地争奪戦は終結した。
 第二次大戦後1960年、国連総会で、アジア、アフリカ34カヶ国による植民地独立宣言」により、若干の地域を残して、植民地時代は終結した。

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  • 2009.05.25 06:56:06

7ナポレオン戦争
 フランス革命は1789−1791年にわたったが、1791年、そのような革命の波及を恐れたオ−ストリア、プロイセンは、革命を阻止しようと「オルビニック共同宣言」を発表した。
 これを契機として、ヨ−ロッパ諸国は、大地主、貴族を社会基盤とする旧支配体制を維持し、革命の波及を阻止したいと考え、国際地主を背景とする「対仏大同盟」を結成し、フランス軍に対抗しようとした。
 この「対仏大同盟」は、第一次から1815年の第七次まで継続された。
 当時、欧州諸国の軍隊は、傭兵が主で、士気も低かっのに対して、150万とも300万とも言われたフランス軍は、フランス革命で市民権を得たばかりで活気盛んな国民皆兵の徴兵制による兵士であったから、士気の面でも格段に違い、革命思想の普及と欧州制覇の念に燃えて、イギリス、オ−ストリア、プロイセン、スエ−デンの対仏連合軍を次々に撃破したのである。
 しかし、1805年、フランス・スペイン連合艦隊がネルソン率いるイギリス艦隊に敗れ、1812年には、モスクワの焦土戦術と厳冬に苦しめられ、フランス軍は敗北、1813年にはナポレオンは、ライプツッヒの戦いに敗れて、エルベ島に流刑された。
 1915年、ナポレオンは、エルベ島を脱出し、帝位を回復したが、ワ−テルロ−で敗北し、セントヘレナ島に配流、20年間続いたナポレオン戦争は幕を閉じたのである。
 

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  • 2009.05.23 15:13:27

6オスマントルコ帝国
 1038年、トルコ系遊牧民の一派がセルジュ−ク朝を建てたが、1240年、セルジュ−クの孫がトゥグリル・ベクが現イランイラン北部に入って王朝を建て、スルタンとしてカリフの保護者となり、東方イスラム世界の支配者となった。
 1271年にビザンティン帝国を敗り、1299年、小フジアを中心に、北アフリカ、西アジア、バルカン、黒海北部、カフカス南部を支配したイスラムの帝国は、十字軍を敗り、イスタンブ−ルを都にして、バルカンを従え、更にイラン、エジプトを征服、イスラム世界を建てて、地中海の制海権を握り、君主制中央集権を図った。
 しかし、16世紀にドイツ、ポ−ランド、シリア、ベネチア連合軍の進撃を受け、バルカン半島を放棄、黒海沿岸からも撤退した。
 更に、1908年のトルコ革命、1911年のイタリア・トルコ戦争、バルカン戦争でヨ−ロッパの大陸側領土とシシリ−島を失い、体制は崩れた。
 1912−13年ケマルパシャの革命により滅亡した。

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  • 2009.05.22 08:05:06

その後、開祖ムハンマドに近い家系のアッパス朝に変り、中央アジア、インドまでイスラム帝国を拡げた。
 9世紀になると、地方の自立が始まり、統一が失われ、カリフの分裂時代に入った、シ−ア派、スンニ派に分かれたのもこのころである。
 1258年、イスラム帝国はモンゴル軍に亡ぼされた。
5モンゴル帝国
 1206年、モンゴルを建国したジンギスハ−ンが、強力な騎馬軍団を率いて、アジアの大半とロシアにまたがる帝国である。
 ハ−ンは直轄領としてモンゴルを統治し、その他は4人の子に分け、四汗国となる。
 1271年、フビライは中国を統一した元朝を建てた。その領域は中国全土から、モンゴル、南宋、朝鮮、チベットに及んだ。
 フビライの即位に反対したフビライの弟の反乱により、四汗国は独立し、帝国は事実上分裂した。
 元の末期、1351−1366年に農民一揆が発生、紅色の頭斤をかぶった白蓮教や弥勒強などの教徒が中心となった「紅巾の乱」を契機として、明によって中国からモンゴルに追われた。

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  • 2009.05.21 08:45:25

サークルの紹介

 従来の思弁的哲学を踏まえながら、日常の諸身辺の問題について、哲学的考察を加えようとするサ−クルです。いわば普段着の哲学です。

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