カジュアル哲学
オーナーオーナー:和寇の末裔   メンバー数メンバー数:14人   最近1週間のメッセージ数:4通
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 従来の思弁的哲学を踏まえながら、日常の諸身辺の問題について、哲学的考察を加えようとするサ−クルです。いわば普段着の哲学です。

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・公益の名に隠れている真実
 「公益」というものを振りかざされると、引き下がざるをえないような気になる。一種の「錦の御旗」効果がある。が、その「錦の御旗」は本物かどうかは疑わしいのだ。「公益」と称するものの実態は何かを突き止める必要があるのだ。
 「公益」という言葉は、「私益」を制約しようとする場合には必ず持ち出される言葉である。「水戸黄門の印籠」みたいな機能を果たしている。
 「公益」の強制力の根拠は、前述の通り「法」と「条約」であり、これを根拠に行なわれる行政執行である。しかし、その法や条約の原案を作るのも、ほとんどが官僚なのだ。
 法案の作成に長けている官僚は、法案のどこかに自分達の利権を維持、増進させるタネを巧みに仕込んでいることが多い。これが、合法的な、税金のムダ使いの多い独立行政法人やその関連企業の利権や天下り、渡りの、受け皿強化を狙った公共事業などでの、直接的、間接的な私権の侵害につながっているのである。
 公共事業のすべてがそうだとは言わないが、そういう匂いのするものが少なくないことは事実である。
 このようなことを官僚が何故やれるのか。
 それは、江戸時代からの「お上」意識の残滓で、彼等が一般庶民より一段高いレベルにある人間であると、思っていることと、利権政治家が、その票と政治献金などの利権の匂いに誘われて、黒幕的存在の官僚に操られてしまっているからである。


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2008.12.31 08:25:24

 問題は、日本の防衛のためには、米軍の駐留が必要なのか、ということである。
 二大核大国である米ソが対峙した冷戦時代は、それなりの意味かあったのだと思うが、冷戦終結後の米軍の日本駐留は、全く必要ないと思う。
 日本の軍事費予算は、米、英、中国についで世界第4位である。こんな世界屈指の軍事大国が自国を守れないとは言えないのではないか。
 北朝鮮が日本に核攻撃を仕掛けるか。NOである。北朝鮮の核装備は、北地傭船にとって、唯一の外交カ−ドであり、大金を稼げる唯一の輸出可能な国産品でもあるのだ。だから、これを放棄することもないし、使って自滅することも考えられないからだ。
 今の米軍駐日の目的は、年に2桁の増価率で軍事費を膨らませ、2隻の空母を建造して海軍力も強化して、アジアの覇権を狙う中国を牽制するとともに、アジアから中東、来たフアリカまでの「不安定の弧」に睨みを効かせることが最大の目的であると思う。
 太平洋以西を管轄するアメリカ軍の司令官連は、口を揃えて、「日本駐留は日本の防衛のためだ」と言うが、これはそう答えるよいに、アメリカ政府から言われているからなのだ。内心では、日本が攻撃される確率も極めて低く、駐日米軍の日本防衛のウエ−トは10%以下だと思っているに違いはないのだ、と思う。
 こうして、米軍の駐日は、土地、空域占有、騒音のばらまき等、日本国民の私益の侵害、制約ばかりが目立つ存在なのだ。


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2008.12.30 08:03:49

 温暖化ガスの排出継続が、地球上の人類、生物の生存環境を脅かしている現在は、国益よりも人類益を、つまりは、総倒れになる私益の擁護、維持を優先すべきなのである。
・条約による私益の制約、侵害も大きい
 私益の侵害、制約を正当化する今ひとつの強制力の根拠は「条約」である。
 「条約」は「法律」に優先するものとされている。これは、国家間の約束であるから、国際信義上「法」よりも尊重されねばならない、という考えに基づくものであろう。
 現在の日本において、条約による私益の制約、侵害が行なわれている最大のものは、駐日米軍によるものであろう。
 これは、日米安保条約や日米地位協定が正当化の根拠になっている。
 米軍の駐留による、広大な土地の占有、ジェット機の離着陸訓練による騒音被害などはすべて私益の侵害である。
 これらは、日米間の条約や協定によるものであるから、米軍占有地の返還請求やジェット機の飛行停止の請求に対しては、裁判所も「裁判には馴染まない」として門前払いだ。ただ、我慢の限界を超える騒音被害については、損害賠償の支払いを国に命じるのみである。
 この日米安保条約を締結した政府側の言い分としては、「日米安保条約は日本の防衛という意味だ、日本の国益に叶うものであり、国益イコ−ル私益だ。だから我慢しろ」と言うのであろう。


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2008.12.29 07:46:42

・国益名目での私益の侵害もある
 今まであげてきた事例は、公益名目での私益の直接侵害であるが、間接的な私益の制約あるいは侵害もある。
 直接侵害は、自分の利益が侵害されているとか、制約されているということが、直接分かるが、間接侵害の場合は、間接的であるが故に、個々人には、利益の侵害、制約を即感じることないが、じわしわと侵害されていくのである。
 その例に一つは、「地球温暖化」である。
 地球温暖による人類、生物の危機が叫ばれて久しい。
 二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスは、先進国のみならず、新興国の高度な経済発展により、予想を遥かに上廻るスピ−ドで人類生物の生存環境を破壊しつつある。
 これは人類の経済発展に伴う副作用であり、その経済発展による生活の豊かさや利便性を享受していてきた代償であるから、自業自得であり、今更文句を言う筋合いではない、と思うふしもある。
 それは一理ある理屈ではあるが、問題は、国益の名を借りて温暖化輩出ガス規制に抵抗する国があることだ。
 現在、世界の温暖化ガスの40%を排出している米国と中国がそうである。
 ブッシュ大統領は、二酸化炭素の排出規制をすることは、米国の経済発展にブレ−キを掛けることになるとして京都議定書による履行を拒絶したし、世界の工場ととも言われている経済大国中国は、「わが国は、まだ発展途上国である。先進国こそやるべきだ」と主張して規制に抵抗している。
 温室効果ガスによる脅威が明確になっているのに、そんな理屈を唱えている場合ではないのだ。

 


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2008.12.28 13:29:58

 昨今問題化されている高速道路建設にも、不当に「私益」を侵害しているものが少なくない。
 通行量が少なく、既設の道路で十分だ、と地元住民が建設に反対しているのに、建設を強行したり、既設道路と並行する道路や、僅かの時間短縮しかならない高速道路の建設などに何百億円も投じるなどである。
 これらは、税金のムダ使いだとして指弾されているが、それだけではなく、農地や山林の強制収用という形で私益を侵害しているのだ。
 川辺川や大戸川などのダム建設や諫早湾干拓もなども同様である。
 これらの建設計画は、何十年という長期の計画で立案されるから、初めは、治水、利水、発電、農地造成などの多目的を担うものであったが、着工時点では、時代のニ−ズが変り、その必要性がなくなってしまっていても、その残滓を根拠に建設を強行しようとするのが国交省のやり口なのだ。
 何故、臨機応変の対応ができないのか。
 これらの工事計画は、ゼネコンなどの長期計画に組み込まれているから、止めてしまうことは、工事を請け負うゼネコンに天下りしている国交省の官僚OBの顔を潰すことになる。それは避けたいし、自分達の将来の天下りの先の受け皿を安泰にしておくためにも計画通りに強行せざるを得ないということなのであろう。
 まさに、「吸血鬼」ならぬ「吸私益鬼」的行為と言っても過言ではあるまい。


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2008.12.27 18:13:08

・法による私益の制約
 「公益」という名目で「私益」を制約できる法的根拠は、法律と条約である。が、その法の一つが「土地収用法」である。
 土地収用法には、公共の利益となる事業の用に供するため、土地の所有権その他の権利を一連の手続きを経て、国又は地方公共団体に強制的に取得させることができる、と規定されている。
 その、公共の利益となる事業とは、道路、駐車場、ダム、砂防、鉄道、石油パイプライン、ガス、水道、電気、空港などの社会生活インフラである。
 しかし、このような法による強制的な土地収用が、本当に公益の名に値するかどうかは、疑問とせざるを得ないものが少なくない。
 農民から土地を取り上げて造った地方空港は、殆どの県にあるが、そのほとんどあるいはすべてが赤字である。
 計画段階での費用対効果予測の値は、常にペイする形に作文される。予算さえ通れば、後はいくら掛かろうと理由がつけられる建設費や運営費は、常に過少に見積もられ、その建設費、運営費をまかなうに足る利用客、利用便収入を逆算して、数年のうちにはペイラインに乗るように、数字が皮算用されるからである。
 そんなデッチ上げの数字だから、開港してみると、予想の数字と実績はどんどんかけ離れて、赤字続きになる。
 そのうち、利用客が少ないから航空便も廃止になり、結局、模型飛行機を飛ばして遊ぶ場となっている、という空港もあるのである。
  
 


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2008.12.26 10:24:23

・「公益事業」と「営利事業」の違い
 「公益法人」の基準は二つある。一つはその営む事業が営利を目的とするものではないこと、つまり、金儲けのためにやるのではないこと、今一つは、公益即ち、社会に貢献するため、全体の利益を図るためににやる事業であること、この二つである。
 そういう事業であるから、収益があっても税金を課さないことにしようというわけである。
 しかし、公益法人であっても、そのサ−ビスやものを対価を得て提供すること、そのコスト、経費を上回る収益を得ることは一向に差し支えないのである。
 それは、一般の営利事業とどこが違うのか。
 営利事業は、コスト、経費を上廻る価格で物品、サ−ビスを提供することによって利益を得ることが目的である。
 勿論、価格には世間相場というものがあるから、品質に対応した価格であるとして、買手側が納得する価格でなければならないのは当然であるが、もの、サ−ビスを提供するのは、手段であって、それを売ることによる利鞘が目的なのである。
 それに対して、「公益法人」の場合は、対価を得て利鞘を稼ぐことが目的ではなくて、サ−ビスを提供することは収益を得るための手段ではなく、それ自体を目的とするという点が違うのである。対価を得ることは、そのものやサ−ビスを提供する事業を維持するために必要な費用を回収するためなのである。これが、公益事業と営利事業との違いとされるのである。
 しかし、これは建前に過ぎず、実態はそうなってはいない場合もある。


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2008.12.25 09:08:54

 民法では、公益法人は「祭祀、宗教、慈善、学術、学芸ソノ他公益に関スル財団又ハ社団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノ」は主務官庁の許可を得てこれを法人とすることができる、とされている。
 また、NPO法では、「不特定かつ多数の利益の増進に寄与することを目的としているもの」と規定されている。
 これは、集団を結成し、その集団が公益法人あるいはNPOと認められるための基準であるから、これでは「公益」の定義になってはいない。
 民法の条文で例示されている事業についても、「坊主丸儲け」という言葉があるように、宗教に限らず営利目的でやっている集団が少なくないのである。
 仏教寺院が、戒名付けや寺院墓地の販売、墓石屋からのバックマ−ジンで大きな稼ぎを挙げているのは、古くからの慣習なのだ。これらが非営利事業とは言えないと思う。
 とれはともかくとして、公益のメリットの享受者は最終的には個人である。私益に行き着かなくてはならない。つまり、ある事業をする場合に、これが非営利な事業であり、これによって不利益を蒙る人と利益を享受できる人とを比較秤量して、後者のほうが大きければそれを公益事業と考えようということであろう。
 これによって、不利益を蒙る人には、我慢してもらう、ということなのだ。これが「大多数の利益」ということなのであろう。
 


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2008.12.24 09:21:09

・公益と私益
 人間が社会生活を営む上での決まりごとの根源となるものは「公益」と「私益」ということになろう。
 「私益」は基本的には「人権」である。その範囲は時代によって違ってくるが、所有権や職業、居住の自由権や教育を受ける権利、選挙権などが含まれる。
 人間は、基本的には私益中心に行動するものであるが、この「私」とは何であろうか。
 「私」は一人称としては、自分自身だけを意味するものだが、「私益」という場合には、その範囲は広くなる。
 それを定義すれば、「個人が直接的、間接的に利益が及ぶと感じる範囲」ということになるであろう。
 だから、「私益」という場合の「私」には、自分自身だけでなく、家族や親族、友人、仲間、生計の資を得ている団体、組織も含まれることになろうが、その範囲は微妙である。
 このように「私益」の定義は難しいが、「公益」の定義は更に難しい。
 一般的には、「公益」とは、「公共の利益」「大多数の利益」と定義されるが、「大多数」を構成するものは、言うまでもなく、個々の人間であり、「私益」を享受する存在なのである。だから、「公共の利益」とは「大多数の私益」と解することもできる。
 法的には「公益法人」とかそれに類するNPOなどがあるが、法律上その定義が明確にされているわけではない。


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2008.12.23 09:08:04

・人間の本性は全でも悪でもない
 人間の本性は、善なのか悪なのか。
 孟子は「性善説」を唱え、荀子は「性悪説」を唱えたが、これは一概にどちらか、とは言い難いと思う。
 「性」という意味を、「生まれつき」という意味にとれば、「性善」なのもいれば、「性悪」なのもいる。人間の性格が違うのと同じである。
 しかし、「性善者」がどのような条件の下でも「善」か、と言えば、そうではない。
 極端な飢餓とか生命の危機というような極限状態に置かれた場合には、善人であっても違った行動に出るであろう。
 刑法には、「正当防衛」とか「緊急避難」の規定があるが、それは、極限状態に置かれた人間に善を求めるのは酷だ、という判断に基づくものである。
 第二次大戦中、ナチスの強制収容所で、餓死刑を執行されかけた一人のポ-ランド人が「妻子がいるから命だけは助けて欲しい」と哀願するのを聞いて、「私が身代わりになりましょう」と申し出て、代わりに刑に服した「コルベ神父」のように、極限状態に置かれても「善」に徹する人物は稀有である。
 このように、人間の本性は、善でも悪でもないない、ということは、条件次第で善にも悪にもなるなる、ということである。
 そこで、社会を秩序あるものにするために、法とか規則とかの社会的ル−ルが必要になるのである。


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2008.12.22 16:51:31

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