カジュアル哲学

トップ  > 科学/学問  > 哲学

  • オーナー:
  • 和寇の末裔
  • メンバー数:
  • 13人
  • 最近1週間のメッセージ数:
  • 6通

  • 更新日順スレッドを表示
  • スレッドで表示
  • 新着順に表示

  • 新規発言

サークルに参加してコメントを投稿しよう!


・高倉健は「男の美学」か
 「男の美学」と言う言葉がある。これは「男のロマン」と同じだ、と言う人もいるが、全く別ものだと思う。「男のロマン」はその人の価値観で、そう言ってひとりで悦に入っているだけだか、「男の美学」は客観的な「ほめ言葉」だからである。
 「男の美学」という言葉の詮索はあとに回すとして、世間で「男の美学」と言われている人物を俎上に乗せてみよう。
 それは俳優の『高倉健」である。高倉健の性格や実態を知っているわけではないから、彼が主演している映画を2,3観た印象を上げてみよう。世間でも高倉本人を知って「男の美学」と言っているわけではなく、映画の画面での高倉を評して、そう言っているのだから、それで良いと思う。
・口数が少なく、必要なことを短く言うだけである
・ぶっきらぼうである
・愛想がない
・めったに笑わない
・はにかみやである
・ぶきっちょな優しさをひょいと見せる
・頼れそうな感じがある
 こんな感じのする男なのだ。
 世間にこんな特徴を持つ女がいたとすれば、男性にもてることは恐らくないであろう。つまり、女にはない「男っぽさ」なのである。
 しかし、これだけがで高倉が「男の美学」だと言われているのではあるまい。もし、普通の男がこんな特性を持ち合わせていたとしたら、「とっつき悪い奴」と皆から敬遠されるかも知れないのだ。
 つまり、高倉のような、少しニヒルで、うら寂しげな容貌の持ち主だから、これらの特徴が「男の美学」という感じになるのかも知れない、とも思うのである。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.30 14:35:44

・「男のロマン」は男の活力だ
 「男のロマン」とい言葉がある。「それが『男のロマンだよ』と言って悦に入っている。その中身は、「帆船のモデルを集める」「鉄道模型を集める」などの収集から「バイクを駈って爆走する」「熱気球を操る」「ラジコン付きの模型飛行機を飛ばす」冒険家でもないのに、「ヨットで遠洋航海をする」までさまざまである。
 子ども時代から、やりたい、やりたいと憧れてきた夢なのであろう。それがだ叶えられていない場合もあるだろうし、やっと叶えられる条件が整い、始めることができた、という場合もあろう。
 「男のロマンだよ」と言う年代が、20代、30代ではなく、40代以上に多い、というのも、カネに余裕ができて、夢を実現できる年代になったからであろう。
 「女のロマン」という言葉はないが、「男のロマン」という言葉だけがあるのは、リスク、とか冒険ガ伴ったり、勇気が要るとか、男っぽいかっこよさがあるとか、女人禁制的な分野だから、という意味であろう。
 盆栽趣味や骨董品の収集などは、カネはかかる道楽だが、「男のロマン」とは言わないのは、爺むさく、かび臭い「わび、さび」的な匂いが付きまとうし、かっこよいというイメ−ジがないせいであろう。
 しかし、たかがと言っては叱られるであろうが、たかが趣味の分野ではあるが、子ども時代からの夢、憧れを実現できる喜びと感激に酔い痴れ、あえて挑戦する自分を鼓舞しくなるような気持で、思わず叫びたくなる「一声」が「男のロマンだよ」ということなのであろう。女性からみたら「まあ なんて他愛ない、子どもっぽい」と、少し蔑みなから微笑むような情景であろう。
 「男のロマン」も、きざったらしい言葉だが、当人にとっては、人生の一つの彩りとして結構なことであるし、いくつになっても「ガキ要素」を失わないのは、男の活力であると言ってもよいであろう。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.29 09:27:04

2自己を活かす
 自己を活かすとは、この世の中で、自分を活かす場所を見つけることである。1の「自分を知る」で、自分の「強み」「弱み」を認識いることを述べた。
 人は皆「強み」「弱み」を持っている。自分では「弱み」だと思っていたことが実はそうではなかった、ということもあるが、それは例外である。本当の「弱み」であれば、それを是正しようと努力することは労多くして功少ないものである。「強み」を更に強くして、それを活かすことを考え、それを活かす場を見つけるほうが、成功確率はずっと高くなるし、効率的でもある。しかし、「弱み」を何とかカバ−することがどうしても必要なら、それをカバ−する方法を見つけることである。
 自分の「弱み」を「強み」として持っている人をパ−トナ−にするのもよいし、そういう人を自分の片腕にする方法もある。
 一国の首相でも、自分が弱い部分には、それに滅法強い閣僚を据えるのは常道である。
 自分の「強み」を活かし、「弱み」をカバ−することに成功することは、即ち「働き甲斐」の保証につながるのである。
3自分の生活の居心地を良くする
 生活の居心地をよくするとは、自分と家族の健康と自分の「巣」つまり家庭の平穏と安定を図ることである。そのためには、家庭は奥さん任せではダメだ。分業だから、「オレは生活費を稼ぐ仕事の虫に徹し、家内は家を守る」というのもダメ、それを家族に理解してもらえると思うのは大間違いだ。
 奥さんは、良妻賢母である前に、あくまでひとりの「女」であることを念頭に置いて、終生「女」として扱うとともに、「仕事100%、家庭100%」くらいのつもりでやって、はじめて、生活の居心地が保証されるくらいの心構えでやる必要があるのである。
 こういうことが「自己実現」であり、「真の自己愛」ということではないであろうか。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.28 08:58:27

・真の自己愛とは自己実現だ
 人間、生まれて来たのは、自分の意志とは無関係な偶然によるものであるが、一生は一回しかないのだから、折角奇跡みたいな偶然で生まれて来たからには、なんとか意味のある人生にしたいと思ってもよい,と思う。
 そんなことは面倒だと思う人もいるであろうが、それはそれでよい。それは自分の生き様についての価値感の問題だからである。
 「意味のある人生にしたい」という意欲は、如何に「自己実現」をすべきかという意志であり、それこそが「真の自己愛」であると思うのである。
 自己実現への基本プロセスは次ぎの三つであると考える。
1自分を知ること
 まず自分を知ることが、自己実現の基本である。
 自分の能力、「強み」「弱み」を知ることである。自分では分からない場合もあるし、その人の性格によって自己の能力評価が過大であったり過少であったりすることもある。だから、他人の目や評価を参考にすることも必要であろう。
 これをやる時期は、早すぎてもダメ、遅すぎてもダメ。能力の芽が生え切っていなかったり、時期が遅れれば選択肢が限られたりするからである。
 それを考える時期は、30歳前後であろう。その時期に自分自身をたな卸ししてみるのである。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.27 10:23:26

・自己保全は自己愛に非ず
 「愛」とは人でもものでも、それをいとおしむ気持が頭にへばりついて離れない心的状態を言うのである。だから、「愛」という言葉は恋人とか妻子に対してはピタリ当てはまるが、自分自身に対しては、そんな心的状態になることはまずあり得ないと思う。自分を愛するなどは普通は考えない。
 ひとは誰でも、危険を察知すれば、それを避けようとする。自分を鍛えるとか、修行をするとかの目的があれば別だが、つらさ、苦しさ、痛さから逃れようとする。それは「自己愛」などというものではなく、動物的、本能的な反射行動というべきものである。これを「自己保全」と名付けよう。
 こういう「自己保全」はアプリオリなもので、自分を愛するから、とか自分を大切にするとかいうこと以前の動物的反射行動である。
 このように、「自己愛」は「自己中心」とも違うし、「自己保全とも違うとすると、それは元祖の「ナルシシズム」しかないということになる。もし、ナルシシズム型の「自己愛」があるとすれば、それは異常心理の世界のことであって、健常社会の問題として扱うべきではないであろう。
 われわれは「自己愛」という問題を視点を変えて考えてみる必要があるように思う。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.26 09:23:44

・自己中心は幼児性の残存だ
 前述のように、「自由奔放」といえば聞こえは悪くないが、はた迷惑な「自分勝手」「我侭気侭」の「自己中心」な行動の主は、「幼児性が残存したままの大人」なのだと思う。
 赤ん坊や幼児がいる家庭は、彼らが中心になる。可愛いし、聞き分けがないと言っても仕方がないから、したい放題にさせておく、だから我侭一杯、甘え放題に振舞えるし、幼児は、そんな意識もないままに、満足して、機嫌よく過ごしているのである。だから、家族は幼児に振り回されるが、それで幸せなのだ。泣く子と地頭には勝てない」のである。
 このような幼児性は、子どもの成長して、もの心が付いてくるに従って、「躾」も厳しくなり、自然に消えていくのが普通なのだ。だが、家庭の教育環境の如何、つまり甘やかしたまま育ててしまったような場合には、こういう幼児性が残ったまま大人になってしまうのであろう。それは幼児性の残滓ではなく、残存なのだ。
 それも、社会に出れば、周囲から叩かれる結果、自分を甘やかしていることのの非を悟って、幼児性が是正される場合が多いと思うが、そうではなく、自分の思うようにゆかない、甘えさせてくれないことを、周囲のせいにし、逆恨みしたり、挫折したりするのが、「真性幼児性」ということになるのだと思う。
 「自己中心」が女性に多いのも、男児と違って甘やかされて育てられているし、社会に出ても、男性に比べて、甘やかしが続くことによるものであろう。
 凶悪犯罪の裁判の判決言い渡しで、「自己中心で身勝手極まる犯行と言わざるを得ない」などというフレ−ズがよく使われるが、こけは自己中心行動の極限の結末だ。そこまではゆかなくても、その結果は、社会からはじかれることになるので、それは、決して「自己愛」とは言えないものである。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.25 11:59:51

・精神分析学者の言う「自己愛」
 精神分析学者は、ナルシシズムから展開して、「自己愛」の特徴を次ぎのように述べている。
1うぬぼれがつ強く、絶えず成功、権力、名声、富を追い求め、周 囲からの評価を気にし過ぎる。自分に向けられた非難や批判に過 激に反応する
2自分の成功、権力、愛などの空想にとらわれている
3周囲が自分の気に入るようにしてくれないと気が済まない
4自分のために他人をとことん利用いしようとする
5他人の気持を慮ったり、感謝したりすることがない
6態度が尊大、傲慢である
7他人の成功を嫉み、嫉妬心が強い
 つまり、「自己中心」ということなのである。このような要素を全く持たない人はいないであろうが、それは程度問題で、それが極端な場合を「自己愛」と言っているのであろう。  
 自己中心の言動は、自分の「うぬぼれ」を満足させるためにするのだが、そのすべての努力は周囲からの賞賛を得んがためであり、絶えず周囲の思惑を気にし続けるはめに陥っているのである。ということは、「自己中心」とは言いながら、実態は「周囲中心」なのだ、と思う。
 その挙句は、周囲から自分自身が疎外されてしまうのが落ちで、本当の「自己愛」にはならないと思う。
 精神分析学者の言うところの「自己愛」は、人格障害的なレベルに達している極端な「自己中心」行動であり、それは真に自分を愛することにはならないと言わざるを得ない。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.24 09:51:48

・ナルシシズムは完全な「自己愛」だ
「自分を大切にしなさい」とはよく聞く言葉だが、「自分を愛せ」という言葉は聞かない。「ご自愛下さい」という言葉は、手紙の末尾によく使うが、これは、「お身体にお気を付け下さい」という意味であり、「自己愛」とは違う。
 しかし、「自己愛」という言葉はあるのだ。それは精神分析学の用語で、自己の容貌、肉体、性器などに異常な自己賛美的な愛着を持つ病的性格を言うのである。
 これを聞いて即連想するのは「ナルシシズム」である。その期限は、ギリシャ神話のナルキッソスの物語である。
 ナルキッソスという美少年がいた。彼は、世にも稀なその美貌ゆえに、ニンフや乙女たちに慕われたが、誰をも愛さずに川面に映る自分の美しさに恋焦がれて、入水して死に、水仙の花になった、という物語である。
 この話は、異常だが、美しさも感じられる。自己陶酔というのは、美女には多く見られるように思うが、若い男性の話だから、珍しさによるものかも知れない。
 このような「ナルシシズム」を完全な「自己愛」というのであろうが、他人には分からないが、密室でそんな「自己愛」に耽っているひとが実在するのかどうか。あるとすれば気持の悪いことではある。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.23 11:21:32

・現実論案と正論案は一体化できるのだが
  自民党の現実論案に対して野党が正論案を突きつけるのは、どうせ数の上では通らないら、自民党との対立軸を鮮明に際立たせる案にするのだ、と勘ぐる向きもあるであろう。が、それは違うと思う。
 問題を真っ当に考えれば、即実行できるかどうかは別として、野党の言う正論案が正解であり、それ以外には正解はないからである。だから、与党が正論案を出せば、野党はこれに対する対案は出せなくなるのだ。
 そもそも、現実論案は、正論案を否定するものではない。現実論案は、内心では正論案を肯定しながら、それでは現実的にいろいろ障害があるから、いっぺんにそこまで持っていくのは無理だ、当面は、この現実案で考えるしかない、という性格のものなのだ。
 ということであけば、この現実論案と正解案は一体化できるのである。
 つまり、正論案を基本に法案を作成して、それを完全履行するまでの間に期間を定め、その期間中は経過措置を適用する、とすればよいのである。
 それもダメだというのは、初めからやる気がなく、政官業の利権構造の温存を重視し、それから国民の目をそらさせるための糊塗策しか考えないからである、と見られても仕方あるまい。
 

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.22 11:12:33

・野党案は常に正論
 前述のように自民党の現実論の法案に対して野党の対案は常に正論だ。
 たとえば、天下り禁止については、その原因の一つである官僚の「早期退職」の慣行をやめて、定年まで勤めさせることを織り込んでいる。これに対して、与党は、人件費負担が増える、と言うが、早期退職によって、一見人件費は減るように見えるが、その代わりに、天下った独立行政法人のOB官僚の人件費が増え、「渡り」と称して転々と移転して、その都度多額の退職金を貰い歩く費用とをくらべたら、後者のほうが高くつくはずである。また、民間に天下った場合には、談合によって公共事業費に天下りOBの人件費以上のものが織り込まれるのだから、この場合もその額のほうが高くなるであろう。
 政治資金規正法改正案にしても、野党案は一件当たり1万円以上の支出に領収書を付けること、政治資金管理団体だけでなく、すべての政治団体に適用することを織り込んでいる。これが抜け道をなくすための正論なのだ。
 このように正論である野党案は、提出しても委員会で、まともに審議されることはなのく、会期切れで、審議未了、廃案にされるのが落ちなのだ。
 野党案を審議することは、野党案の正論性を国民にPRする機会を野党に与え、野党の点数を稼がせるだけ、とでも思っているからでもあろう。

  • 拍手をする
  • コメントを書く

サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

  • 2007.06.21 08:53:40

サークルの紹介

 従来の思弁的哲学を踏まえながら、日常の諸身辺の問題について、哲学的考察を加えようとするサ−クルです。いわば普段着の哲学です。

2007年6月

最新拍手

メッセージアーカイブ

2010年
├ 3月
├ 2月
├ 1月
2009年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月
├ 5月
├ 4月
├ 3月
├ 2月
├ 1月
2008年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月
├ 5月
├ 4月
├ 3月
├ 2月
├ 1月
2007年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月
├ 5月
├ 4月
├ 3月
├ 2月
├ 1月
2006年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月

更新日順発言

サークルセンターからのお知らせ

メンバーリスト

  • オーナー 和寇の末裔(1153)
  • メンバー 和寇の末裔 - 2(8)
  • メンバー an_idle(1)
  • メンバー 物理屋(1)
  • メンバー deer(1)
  • メンバー a(1)
  • メンバー 久遠(0)
  • メンバー タカギ(0)
  • メンバー hamasa(0)
  • メンバー らりほ(0)

>> 一覧(13人)

サークルに参加するとメッセージの送信やメンバーリストの閲覧が出来るようになります。 サークルに参加するには、ログインが必要です。初めて利用される方は、 心あたたまるコミュニティウェア Circle Player の新規ユーザー登録(無料)を行ってください。

スポンサーサークル紹介

近くのサークル

説明


拍手ランキング

>> 一覧