カジュアル哲学
オーナーオーナー:和寇の末裔   メンバー数メンバー数:12人   最近1週間のメッセージ数:7通
サークルの紹介

 従来の思弁的哲学を踏まえながら、日常の諸身辺の問題について、哲学的考察を加えようとするサ−クルです。いわば普段着の哲学です。

2007年5月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
前月 翌月
new 最新拍手
メッセージアーカイブ
2010年
├ 2月
├ 1月
2009年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月
├ 5月
├ 4月
├ 3月
├ 2月
├ 1月
2008年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月
├ 5月
├ 4月
├ 3月
├ 2月
├ 1月
2007年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月
├ 5月
├ 4月
├ 3月
├ 2月
├ 1月
2006年
├ 12月
├ 11月
├ 10月
├ 9月
├ 8月
├ 7月
├ 6月
更新日順発言

 2007年5月 

更新日順スレッドを表示 スレッドで表示 新着順に表示
新規発言
サークルに参加してコメントを投稿しよう!

・公企業のコンプライアンス違反の事例
 組織体のコンプライアンス違反には、公企業の場合と私企業の場合がある。それぞれいくつかのパタ−ンがある。
 公企業の場合のコンプライアンス違反のパタ−ンを上げてみよう。
1談合
 「官製談合」という言葉がある。が、談合は、公共事業の予算価額情報を得ることから始まるものであり、これは施工主である役所の極秘事項で、官僚がそれを業者に漏らさなければ、談合は成立しないものだから、「官製」以外の談合は在り得ないのである。
 公共事業で談合が行なわれないのは、一件もないし、すべての官庁がなんらかの形で談合に関与している、と言っても過言ではないのである。その意味で、「談合」が公企業における「コンプライアンス違反」の最たるものである、と言ってもよいであろう。
2公共事業の法の網をくぐった随意契約
 一件の工事金額が5000万円以上のものは、すべて入札になるが、他に業者がいないなどの特別の理由がある場合には、入札なしの「随意契約」にすることが出来る。この特例を恣意的に解釈して官庁のOBが天下っている関連業者に発注する場合が少なくない。当然価格も一般より高くなるのだ。
 最高裁関係でさえ、この随意契約の比率が高いと言われている。
3裏金造り
 組織内の冠婚葬祭や懇親会、懇親旅行などの費用を捻出するために、架空出張、購入品の水増し請求のバック、偽領収書による架空支出などの手口で裏金を作る古くからの慣習である。これも悪事を取り締まる警察署まで、すべての官庁で行なわれている「コンプライアンス違反」である。
 これらは、すべて血税の横領みたいなものであって、公務員としては、国民に対するすべて重大な裏切り行為なのだ。
 国民に損害を与える官僚の行為は、いろいろある。たとえば、07年に露見した5000万件にのぼる「宙に浮いた納付年金保険料払い込み」などは、社会保険庁が惹き起こした国民的大損害である。が、これは、組織的に意図されたものではないから、コンプライアンス違反」にはならない。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.31 17:33:57

・「コンプライアンス」とは何?
 「コンプライアンス」とは「法令順守」と約されている言葉である。
 昨今「コンプライアンス違反」という言葉が頻繁に使われている。このような現象は、今に始まったことではないはずだが、最近は観る目が厳しくなってきているからであろう。
 「コンプライアンス」は「法令違反」に限らず、法令には違反してはいないが、モラ−ルや商慣習、道義に反する場合も含むという説もある。この説は理念としては正しいと思う。が、「法は最低の道徳」と言われるから、その最低道徳である法くらいは守ってもらいたい、という意味を込めて、ここでは「法令」に限定して論じることにする。
 「法令順守」ということは法治国である限り、個人、法人の別を問わず当然過ぎることなのだ。が、この言葉がマスコミなどで使われている状況を見ると、個人に対してではなく、法人に限って使われていることが分かる。
 法人といっても、コンプライアンスに違反する行為を犯すのは、法人の構成員である個人なのだが、それらの「法令違反」はその組織員である個人が犯しているというよりも、個人の行為ではあるが、「組織ぐるみの行為」である、つまり組織として容認あるいは黙認している行為だと判断せざるを得ないから、法人全体のコンプライアンス違反と看做されているのである。 


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.30 08:49:02

・失敗は共有資産として扱うべし
 世の中には、「成功談」も「失敗談」もいろいろある。が、他人がそうやって、失敗あるいは成功を再現できるか、という再現性という観点から見ると、この二者は大分違う。
 「成功談」は「柳の下に二匹の泥鰌はいない」のたとえの通り、これを真似しても成功する確率は低い。成功には属人的、偶然的要因が絡み、条件、環境、タイミングなどが違うからであろう。か゜「失敗談」は再現性の確率は極めて高い。特に、繰り返されることが多い反復作業などでは、条件要素が少なく、単純であるから、失敗した前車の轍を踏めば、必ず失敗する。
 その意味で、多くのひとが繰り返して、同じ作業をするような組織体では、個々人の失敗経験は、そのひとの教訓にとどめないで、これを公開して、失敗の再発を防止するための、組織体全体の貴重な共通資産として活用すべきであると思う。
 ひとは、失敗を恥じて、これを隠そうとするが、おなじような作業を多くのひとが繰り返し行なう組織体では、失敗を隠すことは大きな損失である。個人の失敗経験を公にして、共通の組織資産として教訓化することこそが、「失敗を繰り返すもと」としないための最高の処方箋と考えるべきである。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.25 14:30:13

・原発も失敗を繰り替えしていた
 最近になって日本の原発での定期検査の際に、十数年前からおこなわれていた誤魔化しやデ−タの捏造、報告義務違反が露見している。それも特定の会社ではなく、9社ある日本の電力会社のほとんどで起こっているのだ。その内容は似たり寄ったりである。
 停止状態の原子炉には、中性子を吸収する制御棒が差し込まれており、これが核分裂に伴う中性子を吸収して臨海状態、即ち核の連鎖反応が継続される状態にならないようにしているのである。ところがこの制御棒の何本かが抜け落ちる、というイレギュラ−が発生していたが、それが報告されていなかったというものである。
 これを報告すると、原子炉を止めて再点検ということになり、電力の供給がストップされることを嫌ったためである。
 制御棒の脱落は、原子炉が臨界になり、暴走しかねない大事故につながる虞のある事故であるし、原子炉の構造は、みな同じようなものだから、一箇所で起きたこのようなイレギュラ−は他でも起こることが充分予想されるので、その情報を報告してもらって、他の原発へ注意を喚起させることが必要なのである。
 十数年前の報告違反でも、今でも問題にしなければならない理由は、ここにあるのである。
 事実、各原発で同じような制御棒の脱落が起こっているのである。ということは、この現象が特異なものではないということ、従って、一番先に発生したときに、その報告を受けて他の原発の注意を喚起しておいたら、同じようなイレギュラ−現象の繰り返しは避けられたであろう、ということなのである。
 


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.23 11:35:54

スレッド [235]  Re:失敗は繰り返すもと (5)  >> 返信元メッセージを表示

From:  天地玄黄

そういう日本のお医者さんが移植には大変慎重なのがおかしい。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.23 10:30:22

・遅れた医療現場の「ヒヤリ、ハット」
 かっては、医師仲間で「患者の二人や三人殺さなければ一人前の医者じゃない」と言われた時代があった。が、医療技術が高度化し、薬剤も多様化している今日では、医療ミスの要因は以前と比べて増えたといえても減ってはいないのである。
 しかし、専門性が高く、素人には全くのブラックボックスである医療でのミスは、たとえそれが発生していても、極めて分かり難いものなのだ。おかしいな、と思っても異常体質だったから、とか通常のリスクの範囲だ、などと言われたら、それ以上追究することは難しいのである。カルテを見せられても、カルテを偽装されても素人に分からないのだ。その上、医者仲間同士は「御身互い」で庇い合うし、看護師などからの内部告発でもなければ、医療過誤は発見でき難いという特性を持っている。
 しかし、医師といえども職人であることに変りはないから、「ものつくりの現場」とおなじで「ひやり」としたり「ハット」したりするニアミスはないはずはないのだ。ところが、専門性を誇り、プライドの高い医師は、そのような「ニアミス」は頬被りしてしまうのである。その結果は、同じような「ニアミス」が繰り返され、それが医療事故に繋がることにもなるのだ。
 日本人はアメリカ人と違って、医療過誤を追究して訴訟沙汰にすることも少なかったが、最近はアメリカナイズされてうるさくなったこともあって、医療過誤の防止を図ろうと、製造現場に倣って「ヒヤリ、ハット制度」が導入され始めているのだ。遅きに失したが改善方向ではある。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.22 09:48:24

・一歩進んだ「ヒアリ」「ハット」手法
 昔は「指先の二本や三本なすのが一人前のプレス工だ」などと言われていた。プレスの上型のストロ−ク操作で指先を潰したり、切断したりする事故が多かったのである。今は、安全装置が付いているから、そんな事故は激減している。
 しかし、工場での現場作業が危険を伴うことには変わりはない。どこの工場でもまず第一に目に入るのは「安全第一」の看板や表示である。
 ものつくりの現場では作業をしていて、事故にはならないまでも、「ひやっとする」とか「危ない!」と「はっとする」ことがよくある。それらの出来事は、普通は報告されない。が、その「ひやっとした」「はっとした」事象は人身事故に繋がる可能性が極めて高いものであると考えねばならない。
 そこで、このような事象にぶつかった場合に、「ひやり」「はっと」の報告をさせ、それに基づいて皆の注意をその都度喚起し、意識付けることが、安全対策として有効ではないか、と考え出されたのである。これが「ヒヤリ、ハット制度」である。
 この制度は現在では、ほとんどのもの造りの現場で実施され、事故の低減に大きく貢献しているのである。
 漢方では、病気になる前の体の不調を「未病」として、その段階から治療することを勧めるが、これも事故には至らない「未然事故」の繰り返し発生を防ごうとするものでである。失敗の繰り返しを防ぐめには、このような一歩進んだやり方をしないとダメ、ということなのである。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.21 11:56:56

・リコ−ル隠しは繰り返すもと造りだ
 車の欠陥や不具合情報は、ユ−ザ−→ディ−ラ−→メ−カ−の品質保証部門というル−トで流れてくるが、ユ−ザ−から直接メ−カ−に知らせてくる場合も多い。
 車のユ−ザ−にはメカに詳しいひとが少なくない。不具合について、その状況だけでなく、原因の分析から対策案まで、詳細に書き送ってくるユ−ザ−もかなりある。
 メ−カ−は、ディ−ラ−やユ−ザ−からの不具合情報に基づいて、必要なら現場に出向いて調査、解析を行い、その不具合が特異なものか、それとも他にも広がる可能性を持つものなのかを判断し、後者であれば、監督官庁に対する「リコ−ル」の届出と、ユ−ザ−やディ−ラ−へのリコ−ルの周知と実施推進を行なうことになる。
 「リコ−ル」には大変な費用を要するだけでなく、販売にも影響するから、メ−カ−としてはやりたくない。その気持は分からないではないが、本来ならリコ−ルすべきところを、姑息な考え方で、特異な不具合として処理するような「リコ−ル隠し」をすれば、同一不具合の繰り返しと蔓延で、カ−メ−カ−としての信用は全くなくなってしまい、経営存亡の淵に立たされることになるのだ。
 むしろ、リコ−ルの判断は迅速果敢に行い、顧客が「なるほどよくやってくれた」と感心するくらいの、迅速、丁寧、周到な対応処置をすることが、メ−カ−に対する信頼を高めることになるのである。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.19 12:18:52

・設計失敗の繰り返し
 設計部門ではこの要請に応えるためにVA(バリュ−・エンジニアリング)技法を用いて設計変更によるコストの大幅ダウンがなされた。ところが、設計不具合が続出してしまった。不具合には2種類あった。一つは、そのVA構想そのものが失敗であったもの、いまひとつは、構想は良いが設計上のミスによる不具合であた。前者の不具合は設計変更の不採用、後者の不具合は、それが試験で分かった都度修正されて直るのだが、暫く経ってモデルチェンジをやると再発されるのである。
 その理由は、設計担当者の変更であった。変更がなければ「失敗は成功のもと」でうまくゆくのだが、設計担当者は替わるし、その失敗そのものも設計図面が訂正されてしまっているために、残されていないのだ。だから替わった設計者は前任者と同じミスを犯すことになるというわけである。失敗したVAテ−マも同じで、ひとが考え付くアイディアは似るから前任者ず失敗したVA着想をまた提案することになるのである。「失敗は繰り返すもと」になっていたのである。
 そこで、「失敗は大事な資産である。この資産を活かすことを考えねばならぬ」ということになり、個々人の経験した失敗事例を集大成して「設計失敗事例集」なるものを編集し、これで設計者を教育することによって、この失敗再発を防止することができたのであった。
 人間は皆同じような発想をする。本当は成功しないVA案を思いつくのも、設計ミスを犯すのも同じである。だから、個々人の失敗経験を「共有資産化」して皆で学ぶことが大切なのだ、という教訓なのである。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.18 10:47:15

 「失敗は成功のもと」という諺が日本のみならず世界各地にある。失敗経験を反省し、その原因、要因を解析して、失敗から学び、今後の教訓としてこれを脳裏に叩き込んでおけば、再び同じ失敗は繰り返さないで済む、ということである。なにかで失敗したひとが「高い授業料を払った」と言うのも同じ意味である。
 しかし、この諺は、半分は正しいが半分し正しくないと思う。同じ失敗を繰り返すことが少なくないからである。「失敗は繰り返すもと」でもあるのだ。この失敗の繰り返しで一番悩まされたのは製造メ−カ−である。
 自動車メ−カ−の例をあげて見よう。
 現在の車は、高度の品質と信頼性の結晶のような製品にはなっているが、それでも「リコ−ル」も「リコ−ル隠し」もある。
 日本では1960年くらいが、自動車元年と言われている。その頃になって、一般ユ−ザ−にも手が届く価格に近づいてきたし、生産、販売の体制も整ってき始めたからである。
 しかし、それから15年くらいは品質の造りこみとコストダウンの二兎を追うことに大変な苦労が続いたのである。
 コストダウンは、製造分野での能率や生産性の向上が始まり、資材部品の購買価格の低減に拡大され、大きな成果をあげていたが、何と言っても、大きなコストダウンの宝庫は設計である。設計で、必要な機能、品質を大前提として、いかに安い資材で、いかに造り易いものを設計できるか否かがコスト決定の基本だからである。


  コメントを書く 拍手をする 
サークルに参加をするとコメントを書くことができます。

2007.05.17 11:57:02

ログインフォーム
サークルって何?
今すぐ登録!

メールアドレス :

パスワード :

ログイン状態を保持する
メンバーリスト
オーナー 和寇の末裔(1121)
メンバー 和寇の末裔 - 2(8)
メンバー an_idle(1)
メンバー 物理屋(1)
メンバー deer(1)
メンバー a(1)
メンバー タカギ(0)
メンバー hamasa(0)
メンバー 久遠(0)
メンバー らりほ(0)
>> 一覧(12人)
参加する
サークルに参加するとメッセージの送信やメンバーリストの閲覧が出来るようになります。 サークルに参加するには、ログインが必要です。初めて利用される方は、 心あたたまるコミュニティウェア Circle Player の新規ユーザー登録(無料)を行ってください。
サークル
スポンサーサークル紹介 
近くのサークル 説明
拍手ランキング >> 一覧
このサークルを...