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・政治三流でも経済一流にはなれる
 社会主義の計画経済下では、政治と経済は密着している。自由競争、市場原理の世界でも、政治と経済は車の両輪だとは言われるが、政治が及ぼす影響力はそれほど強いものではない。
 景気が低迷してデフレの兆候が出れば、金利の引き下げや売りオペレ−ション、資金供給の増加によって需要の増大を促し、逆に景気が過熱してインフレ兆候が出れば、逆の操作でインフレ化を防止するのは、政治には中立の中央銀行の仕事である。
 政治がやれるのは、税率、補助金、投資促進、規制緩和、公共事業支出などの操作などだが、05年までの「失われた15年」のデフレ対策にも効果はなく、07年3月末で850兆円もの大借金を残す結果を招いた程度なのだ。
 経済一流の「経済発展の原動力」になり得る力は、貿易立国の日本では、世界に「売れる商品の開発」「商品を造る技術」「商品を売る力」の三つを創り上げ、維持し得る国民の知恵と勤勉さに尽きるのである。
 政治は、それを妨げないようにしたり、促進したりする脇役機能に過ぎないのである。
 日本が経済一流になれたのは、この「経済発展の原動力」に優れていたためであって、政治とは関係ないのである。強いて政治の功を上げれば、戦争をせずに、主要輸出先、特に米国との友好的な関係を保ち得たことくらいであろう。
 いくら国家間が友好的な関係にあっても、良い商品がなければ貿易立国としては成り立ってゆけないのは当然である。
 このように、政治三流でも経済一流にはなり得るのである。
 

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  • 2007.04.29 10:15:26

5 政治とは関係のない理由で投票する者が少なくない
 選挙の際の、政党や候補者の選択と投票は、本来は政策如何である。支持政党に投票するということも多いが、それも、その政党の政策に賛同するからであれば、政策が選択基準になっていると言ってよい。しかし、政策とは関係のない理由で投票する者が少なくないのが実態である。
 知人から頼まれた候補者に投票するとか、知らない候補者の選挙事務所から、政策を告げられるわけでもなく、ただ候補者氏名だけの投票依頼の電話があったりする。それで、投票する人もいるから、電話を掛けてくるのであろう。が、選挙民は、投票に当たって確たる基準なんか持っていないと思っているから、こういうことをするのであって、これほど選挙民をばかにした話はないと思う。
 更に、政策や実績とは無関係に、ただ名前がと通っているからというだけで、投票するひともあるのだ。
 現職の候補者の当選が圧倒的に多いのは、名前が通っているという要因が大きいのであろうし、選挙運動期間の末期になると、候補者の名前の連呼だけになることも、名前さえ浸透させておけばよい、という考え方なのだ。
 これらが日本人の「保守意識」なのだ。日本の選挙民のなかには、こういう五つの特性が根強くあることが、政権交代が実現しないのだと思う。
 

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  • 2007.04.28 12:40:47
From:  天地玄黄

民族という時、文化的背景を考える必要があると思います。『和をもって尊しとなす』の精神にみられるように仏教と儒教の長い期間にわたる影響が、わが国の国民性を形作ってきたのではないでしょうか。

東洋的為政のあるべき姿として徳治主義があり、政治家がはなはだしく国民の利益に反する事をしない限り急激な社会的変化を好まない傾向があるような気がします。あえてことあげするをきらう国民性とあいまって。

それが保守的といえば言えるかもしれませんが、そもそも日本国民が自分たちが保守的であるかどうかという事はあまり考えたことがないのではないでしょうか。日本語にもともと、なかった言葉、概念だと思います。

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  • 2007.04.27 18:57:40

4政権交替を危ぶむ心理があること
 政治というものは、万年与党として長年やっているから、上手にやれ、政権の座についた経験がない野党はうまくやれない、と言うものではない。
 政治をやる上でのベテラン政治家の強みといえば、他の政治家や官僚との人脈や根回し、政治的駆け引きの経験とテクニックくらいであろうう。それは、与党でなければ出来ないというものでもない。政治家としての資質と経験で決まるものなのだし、その多少が政治家としての力量を決めるものでもない。
 むしろ、政治経歴が長いほど、利権を漁って横行する官僚や業界とのしがらみに絡まれて、まともな政治ができなくなってしまっているとか、法の抜け穴に精通して陰でろくなことをしない、という弊害を担わされてもいるかも知れないのである。日本の政治を見ると、そのような弊害ばかりが目に付くのである。
 政治というものは、きちんとした政治理念と大衆の心を掴む力、それを実行する力が備わっていれば、与党ずれしていない政治家のほうが斬新な政治はやれるのだと思う。こまかいことは、官僚スタッフのうちの質の良い奴を使えばよいのである。
 アメリカの州知事や大統領をみても、そのような人が多いに気付くのである。日本でも、野党の経験しかなかった村山元総理や菅元厚生相が立派な業績を残しているのである。
 だから、政権交替を危ぶむ心理は、それによって損をする利権既得権者の流説、風評に、有権者が騙されているに過ぎないと思うのである。

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  • 2007.04.27 12:05:22

・日本人の保守意識とは何だ
 最近は聞かなくなったが、一昔前までは共産党幹部がよく口にしていた言葉に「反動」とか「反動的」というのがあった。時代の趨勢を止めようとするものとか、それに逆行する言動を「反動」というのであろうが、その意味では保守=反動である。
 しかし、日本の自民党支持層の「保守意識」はそんな大それたものではない。「現状でよいではないか」「現状を変えなくてもよい」という程度の意識に尽きると思う。何故そうなるのか、その理由は五つあると思う。
1 政治に関心がないこと
 有権者の大部分が関心をもつのは、税金や年金、社会保険料の変動とかサプライズな出来事くらいで、「教育基本法」だの「公務員法改正」「憲法改正」だの自分の生活に直接関係のない政治課題にはほとんど無関心である。
2 政治なんて誰がやっても同じだと思っていること
 これは首相を指して言っていることであろう。政権政党が替わらなければ、政策や理念は継承されるから大きくは変わらないのは当然である。自民政権のままで、総裁のたらい回しだけだから、そんな気がしてくるのであろう。
 「自民党をぶっ壊す」と言って総理になった小泉元首相などは、例外中の例外である。
3 自分は政治には関わりがないと思っていること
 リタイアして、年金暮らしだからと言って政治に関わりがなくなるわけではないのだ。所得税は払わなくなっても、今後、年金に対する課税水準が低くなって、課税される可能性は高いし、医療保険料、医療費、介護保険料も高くなる可能性も大きいのだ。これらはすべて政治であるが、これらはすべて選挙が終わってから出てくるから、投票時点では、それが選択基準にならないこともあるのであろう。

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  • 2007.04.26 07:58:12

・日本国民の保守主義ではない
 保守主義という言葉が政治上現れたのは19世紀のイギリスであった。ト−リ−が「保守党」と名乗ったのは1830年、大英帝国イギリスは対岸のフランスでの革命に怯えて、そのような革命を回避するために、議会と王室が一体となっている英国型政治の現状維持を図る政治姿勢を「保守」と名づけ、道徳、歴史、伝統、宗教など強化する政策を進めたのである。
 これは07年、日本の自民党が改正した「教育基本法」と軌を一にするものであるが、これが保守主義の常套手段なのであろう。
 現在のイギリスも保守党と労働党の二大政党である。労働党のブレア政権以前の「鉄の女」と言われたサッチャ−首相は、保守党であったが、それまでの労働党の福祉国家政策を一転させて自助、自立社会を進めたことが、保守主義の理念である「現状維持」「現状是認」に反することから、「保守」という定義が変わったのだと言う学者もある。
 しかし、これは、イギリス政府の財政逼迫という事情もあって、「揺り篭から墓場まで」と言われた過剰な福祉政策を後退せざるを得なくなったためという、むしろ「保守回帰」だと考えるべであろう。
 しかし、日本で、自民党支持が多いのは、このような政治理念としての保守主義が浸透しているからでは毛頭ないと思う。日本の有権者の場合は、保守主義にあらざる保守意識なのだ。それは「保守主義」という言葉の「保守」とは全く異なる意味での「保守意識」であると思う。

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  • 2007.04.25 17:51:39

日本の政権を振り返ってみると、戦後ずっと保守政権が続いており、独裁国家でもないのに、自民党政権の独裁国家となって今日まで続いている、先進民主国家としては稀有な存在である。
 「55年体制」という言葉がある。1955年10月に、それまで左右に分かれていた社会党が「日本社会党」として統一され、その翌月には、自由党と民主党が保守合併して「自由民主党」となり、日本は二大政党となった。これが「55年体制」といわれるのである。しかし、議席は2対1で二大政党というのはおこがましい状態のまま、万年与党と万年野党のまま推移したのである。
 これを破ったのが、1993年の細川内閣誕生であった。自民党が分裂した新生党、新党さきがけや社会党、民社党、日本新党などが連合して樹立したが、翌94年には細川首相の政治資金疑惑で崩壊した。戦後間もなくのごく短期間の社会党右派の片山政権とこの細川政権の一時期を除けば、今日までずっと自民党独裁であった。
 民主主義国である先進国のなかで、こんな国はないし、途上国を含めても、民主主義国である限り、こんなに長期間政権交代なし、という国は皆無である。自民党政権が良い政治をしたから、国民の信頼が厚い結果なのだ、とはお世辞にも言えない。
 戦後日本は、米国に次ぐ経済大国にはなったが、それは政治がよかったからとは言えない。日本の経済成長に貢献したのは、吉田茂の外交成果、つまり、米ソの冷戦に乗じて国防は米国任せで、経済復興に専念できるようにした優れた政治判断と「所得倍増」を掲げて、日本経済の高度成長時代の幕を開けた池田勇人くらいで、日本経済の成長は、ひとえに日本人の勤勉さ、働き蜂効果なのだ。
 その間、自民党政治家は、政策は官僚まかせで、政官業の癒着を通しての利権確保と政権たらい回しに終始していただけ、と言っても過言ではあるまい。
しかも、バブルを惹き起こし、バブル崩壊を招き、10年にわたったデフレ対策の失敗で07年3月末で835兆円、実にGDPの1.7倍もの借金を背負うという大失政を犯しているのだ。
 それにも拘わらず、自民政権が独裁を続けてこれたのは何故であろうか。非現実的な理念に固執して、野党第一党に甘んじて、政権交代を狙おうともしなかった社会党の責任は大きい。がそれだけとは言えない。もっと大きな原因があると思う。

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  • 2007.04.24 10:00:42

 「自分らしく生きたい」という意識は、あくまで自分中心の考え方である。しかし、ひとは、前述のように社会を拒絶した自分独りでの「隠遁生活」でもしない限りは、社会に組み込まれているのだ。家族や友人、会社の同僚など対人関係の中で生きざるを得ないのである。ということは、自分の周辺からの要求、命令、制約もあるし、円満にやっていきたいと思うなら、それらと折り合いを付けながら、生きねばならないのである。
 サラリ−マンなら、自分のしたくない仕事、自分には向いていない仕事を担当させられることもあるであろうし、自分の嫌いな上司の下で働かざるを得ないこともあろう。過大な業績目標に苦しめられることもあろう。嫌ならやめればよいことは分かっていても、やめるわけにはゆかない場合が多いのだ。
 その一方で、自分らしく生きたい、という願望も捨てきれないであろう。
 ここで、ジレンマに落ち込んだら、それこそ「うつ病」が待っているだけである。そこにこそ「自己実現」のチャンスがあるのだと思う。
 自分がキャリア−を自分のものとし、そこで仕事力を付けるために、与えられた環境をどう活用するか、自分がそのような面で絶対に損をしないようにするためにはどう対応したらよいのか、自分の経験、能力、知恵を駆使して考え、実行すること。それこそが「自己実現」だと言えるのだと思う。
 つまり、与えられた条件の中で、自分をどう活かすか、という姿勢と行動が「自己実現」であると思う。
 「自分らしく生きたい」というような手前勝手な甘えではなく、「自己実現」は逆境にもめげずに、それこそ「自分らしく生きてみせる」哲学であると考える。  

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  • 2007.04.21 12:16:55

「自己実現」という言葉を初めて心理学に導入したのはユングである。
 ユングは「意識が無意識の力、たとえば子が受ける母親的なものから開放されること」を、次に「自己が社会への顔であるペルソナと個人の経験を超えた人類に共通的な無意識である「集合的無意識」からの開放」を、最後には「こころ全体における対立するものを結合し、中心化すること」が「自己実現」であると説いた。このようなユングを受け継いだ人間性心理学者マズロ−の説はより具体的である。
 彼は人間の欲望は5段階のヒエラルキ−構造であり、食欲などの生理的な欲求が中心になっている段階、次ぎは安全の欲求段階、第三は企業、団体などへの所属とか愛情の段階、第四は自尊心を持つとか他から認めたいと思う段階を経て、最終の「自己実現」の第五段階に至るのだと説いた。
 この考え方は、日本で、より俗っぽく「まずは食えること、次ぎは金を儲けること、最後は勲章をもらうこと」というのに似ている。
 しかし、これは「自己実現」というよりも「自己完結」のイメ−ジに近いと思う。これは「自己完成」ではないのである。「自己完成」というと、人間としての倫理的な完成のイメ−ジになるが、そうではなくて、そのひとの生涯の締めくくりの姿というイメ−ジだから「自己完結」なのである。
 「自己完結」は、そのひとの最終的に確定した姿という意味で「自己実現」と言っても誤りではないが、「自分らしく生きる」と同格的に使う場合の「自己実現」という言葉のニュアンスにはマッチしないと思う。

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  • 2007.04.20 09:28:00

「自分らしく生きたい」というのは「我侭」とではない。周囲の思いがどうあろうと、自分の思うようにしようと突っ張るのが「我侭」というものだが、「自分らしく生きたい」というのは、自分の信念に沿った生き様にしようとするもので、「我侭」とは次元が違う立派な精神作用だからである。
 「自分らしく生きる」と似たような言葉に「自己実現」という言葉がある。これも自分がこういう生き方をしたいという願いを実現しようとするものだが、似て非なる言葉であると思う。この違いは後で述べることにして、「自己実現」の意味するところを考えてみよう。
・「自己実現」の意味
 「超越瞑想」「TM」を説くインドの思想家マハリシは、「自己実現」とは「執念を放棄して『真我』を覚ることである」と言っている。
 「瞑想中に心が想念を経験していると、想念は次第に精妙になり、これを経験するために、思考者は益々鋭敏になる。そして、想念が抜け落ちるとき、思考者はただ思考者のみとなって残る。これが『自己実現』だ。この純粋意識の状態こそが『自己実現』だ」というのである。
 平たく言えば、深い瞑想、TMによって一切の執念を払いのけ「無我」の境地に達することが「自己実現」なのだというのだ。般若心教で悟りを開いた境地であろう。
 宗教者としての立場に立てば分からないではないが、こういう「自己実現」は「無我」になるのだから、個性はなくなってしまい、「自己」を「実現」するどころが「消滅」させることになのだ。これは凡人の言う「自己実現」とは全く異質のものである。
 

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  • 2007.04.19 09:56:46

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 従来の思弁的哲学を踏まえながら、日常の諸身辺の問題について、哲学的考察を加えようとするサ−クルです。いわば普段着の哲学です。

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