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シリーズ 教育 2
【道徳教育】
人はいかに生きるべきか。
それを教えるのが道徳教育である。
しかし、考えてみればこれほど難しいものはない。なにが人として正しいのか
本当のところは誰にも分らないのであるから。
ゆえにこそ、宗教というものがある。神仏による教えを持ち出して、正しさの
根拠にしようとするのである。
日本人には馴染みのないこの手法だが、ムスリムなどにとっては自明のことと
される。逆に彼らはいう。神の教えでないのだとしたら、その「定め」が正しい
かどうかをどうやって判別するというのか? と。
ここに、日本人の無宗教性を解く鍵があるのかもしれない。日本人は人間の常識
によって、「正しいかどうか」を判断できると信じている。
クルアラーンも、聖書も仏典も論語もブードー教の教えも、すべて人間の常識と
いう量りによって計測され、良きものは取り入れ、そうでないものは排除される。
それが日本人の宗教との関わりかたである。
ゆえに、日本には宗教は根付かず、しかし排除もされず、宗教の百貨店のような
状況になる。神が正邪を決めるのではなく、人間が正邪を決めるのである。
人はいかに生きるべきかは、またその国の歴史・文化によっても変わってくる。
時代の要請によっても変化する。
「道徳の時間」といえば、学校授業の付録みたいな扱いを受けているのが現状で
あろうけれども、本来これほど重要なものはないといえる。
例えば、自由の意味、民主主義の意義、平等と不当差別、他人に対する配慮と自己
主張の関係etc、授業において考えさせ、自分なりの答えを求めることをさせねば
ならないものが数多くある。
歴史の時間にフランス革命について習ったぐらいで、なんで自由や民主の意味が分
ろうか。
道徳教育こそは、大一義的に重要な授業でなければならないのである。
日本の歴史と伝統・文化に根ざしながら、世界中の哲学・宗教・倫理を加味して
「人としてどうあるべきか」を明らかにするテキストを作り教授することが必要
なのである。
江戸時代、武士は庶民から尊敬されていた。
武士だけが高い倫理性をもった教育を受けていたからである。
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2009.07.05 07:00:30
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