SIG 市民の討論広場
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From:  一久


【民主党はずっとそう言い続けていたのだから】

 直近の国政選挙で破れたならば、解散総選挙によって国民の声を
 問うべきであると、ずっとずっと言い続けてきたのが鳩山総理で
 ある。

 しからば、もし次の参議院選挙で過半数を失えば、解散するのが
 当然のことであろう。

 自民党はそうしなかったから、我々もそうしなくてよいのだ、と
 いう子供じみたことは言わないでもらいたい。民主党は自民党と
 は違って、そういう道理を通すという約束に他ならないのだから。
 子供の言葉ではなく、当時野党第一党の、そして現政権与党の党
 首の言葉である。食言であっていいはずがない。

 副幹事長解任の詳細はともかく、スキャンダルや刑事事件がらみ
 でならともかく、意見やその表明の仕方を問題にしての解任は、
 それだけでファシズムだと言わねばならない。

 なんとなれば、これ以降、他の副幹事長や民主党議員の発言意欲
 は、減退せざるを得ないのだから。

 もっとも、民主党がファシズムの政党だということは、去年の選
 挙以前から分かっていたことであるが。分かっていて国民はファ
 シズム政党に票を投じたのだ。民主主義の自殺である。

 次の参議院選挙において、はたして国民は民主主義を取り戻せる
 であろうか・・・?


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2010.03.20 06:33:33

From:  一久


【 日本思想を欧米に輸出せよ 】


江戸末期以降、日本には西洋思想が大量に流入した。もはや我々は江戸
以前の日本人ではない。輸入といえば、欧米の西洋思想といえども、その
基礎はアラブからの輸入である。日本は数百年ほど輸入時期が遅れただけ
のことだ。

自由や民主主義は、もはや我々の生活から切り離すことはできない。

だが、我々の思っている民主主義や自由には、実は旧来の日本思想が混ざり
こんでいるのであって、欧米のそれとは必ずしも同じではない。従来、その
ことをもって、だから日本は遅れているのだ、と識者諸氏はノタマッテ来た
のであるが、逆に、欧米のほうこそ、日本思想を持っていないぶんだけ、日
本よりも遅れているのだ、と言えないこともないのである。

そもそも、自由も民主主義も、手段であって目的ではない。目的は、真理・
真正に近づくことであり、そのための自由な討議であり、より多くの参加者
による検討と監視(すなわち民主主義)である。

ところが、欧米流の自由民主主義には、大きな欠落があることに、欧米人は
気づいているだろうか。

その傷とは、欧米の自由主義・民主主義というものは、対等な力関係の者同士
であるということを前提にしてのみ成立するのだ、という点である。

いいかえれば、社会的弱者や、弁論術がヘタなもの、偏見を受けているもの
などの意見は、決して正しく理解されないし、意見を発表する機会さえ与えら
れない場合も多い。運良く、卓越した弁者と理解ある外部協力者を得たとして
もなお、その意見は少数の理解者に留まって、一般大衆に広がらない。

こういう事例が、欧米にはいくらでも存在する。

ディベートというものがそうであるように、欧米の(それ以上に欧米以外の)国
では、双方が対等の立場と力で対峙し、かつ、それを判定するものもまた、両者
と基礎理念を分かち合う者であることを、暗黙のうちに前提としているのである。

しかし、現実世界は決してそのようなものではない。強者の声は大きく、かつ
巧妙であり、弱者の声は貧弱で稚拙である。大衆は偏見に満ち、理性豊かな人は
常に少数である。少数の覚醒者が、多数の愚昧を目覚めさせて大衆を説得すると
いうのが民主主義であるけれども、それは対等であるという条件が満たされなけ
れば実現することは難しい。

現実には対等な状態というのは希少であり、対等でなければ欧米流は機能しない。
ゆえに、欧米においてさえ、真正・真理の追求はうまくいかない。欧米以外におい
てはなおそうである。ひとり、日本を除いては。


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2010.03.19 18:40:55

From:  一久

【 新党 ? 】

 民主主義における政党とは、その党内において、党外よりも進んだ
 民主主義を実現することを第一義とするものでなければならない。

 各政党が、自分達の民主主義こそが、より優れたものであるとアピール
 し、選挙でその優劣を国民に決めてもらう。

 こうして選ばれた政党であれば、どの政党がどれだけ議席を独占した
 としても、その政党内部の民主主義によって、国民の声を反映するこ
 とが可能となる。これが、民主主義の選挙である。

 逆にもし、民主主義を党内に持たない政党しか、その国には存在しな
 かったとしたら、制度的に完璧な”民主選挙”が行われたとしても、
 民主主義の国になったりはしないということである。

 独裁者が民主的手段によって選挙されるだけなのだ。


【さて、鳩山(弟)新党であるが・・】

 上の意味で鳩山氏が真に民主主義の政党を立ち上げようというのであ
 れば、呼びかけるべき相手は、民主・自民の有力議員などではない。

 自民党でも民主党でも、発言機会をほとんど与えられていない、新人
 議員達に向けてこそ、呼びかけるべきものである。

 俺の新党で古狸どもに遠慮せずに発言してみろ、次の選挙費用は俺が
 用意してやるから、思う存分にやれ。

 こうであってこそ、民主的でない民主党や、自民党からの議員獲得を
 期待できるのである。

 逆に、マスゾエだの何だのと、顔の売れた議院を呼び込んだならば、
 新人達は新党においても発言する機会を失う。それは、「小・小沢政党」
 に他ならない。小沢の代わりに、マスゾエやハトヤマがなるだけなのだ。

 民主主義の政党とは、かけ離れたものである。


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2010.03.18 19:39:25

From:  一久

【国連分担金、日本の陰謀】

 日本の国連分担金割り当てが、あまりにも大き過ぎるうえに、その見返りがあまりにも小さ過ぎることに対して、納得する国民はほとんどいないであろう。しかし、まて。急いては事をし損じる。「潰そうと思う相手は、まず持ち上げろ」それが兵法の鉄則である。

 国連分担金とは別に、日本政府の任意として、なんの見返りも要求しない「国連寄付金」を現在の負担金の三倍ぐらいの額、国連にくれてやろう。これを十年も続ければ、国連機関はどこもかしこも「日本の寄付金」なしには動けなくなるだろう。それが腐敗した組織というものである。

 さて、そのように肥え太ったペキンダックやフォアグラ鳥のようにしてから、「寄付金止めよっかな?」という態度をとればよい。この寄付金は義務ではないのだから、いつでも日本側の意志で中止することができる。文句を言われる筋合いはない。むろん、滞納などと違ってペナルティーをかせられる恐れもない。

「寄付金」の額は、多ければ多いほどよい。そのほとんどは無駄遣いされるに決まっているけれども、それでもなお、日本が世界各国から良い評価を得ることに貢献する。しかもそれを停止するという「伝家の宝刀」さえ与えてくれる。年間一兆円の寄付金を即座に立て替えることのできる国など、他に存在しないのだから。


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2010.03.17 07:12:47

From:  一久

【政党になっていない】

残念ながら、民主党は政権政党としての資格に欠けている。

二大政党制に一方となるためには、大政党としての要件をクリアせねばならない
のであるが、それは、政党内民主主義のことである。

政党内部において、すべての案件に対して、相対立する意見が争論を繰り返し、
時事に応じてその時点での、党議を打ち出す機能のことである。

自民党の場合、利権がらみとはいえど、一応、これをクリアしているのだが、
民主党には、そのカケラも見出せない。民主党内部のほうが、その外部よりも
ずいぶんと風通しが悪いようにしか思えないのだ。

政党がまともであるためには、多数の批判者と判定者を党周辺に持たなければ
ならない。その者達の言論の自由と批判的態度を許容しなければならない。
今の民主党にそれができているとは、とても言えまい。


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2010.03.16 20:27:10

From:  一久

守るべきもの

 意見の違いを超えて守るべきもの、それは、言論の自由である。

 なんだ〜〜〜〜 ( °O °;)    というなかれ。

 言論の自由、これを組織の中で確立することの、なんと難しいことか。

 逆に、言論の自由の名のもとに、言論の自由が否定されることのなんと
 多いことか。

 早い話が、罵倒MSGの飛び交う掲示板には言論の自由はない。

 自由とは、野放しの自由のことではない。

 野放しの自由の正体は、自分の自由は主張するが、他人の自由はこれを
 奪う、ということなのである。

 天然自然の自由とはそういうものなのだ。

 これは、善悪の問題ではない。自然界の掟なのである。人間だけではなく、
 動物も植物さえも、このようにしてそれぞれの種族を生き次いでいるのであ
 る。

 人間の人間たる所以は、そのような自己利益しか考えない自由に足枷をは
 めることによって、本来自然消滅してしまったであろう才能を保護育成し、も
 って、社会全体の発展に寄与せしめた点にある。

 すなわち、独占を禁止し、新規参入を促したのである。

 政治の世界においても、同様でなければならない。

 どんなに異なった意見の持ち主が集っても、それぞれの意見が尊重され吟味
 されるシステムを政党は持たねばならない。

 それが具体的にどういうものになるのか、それは試行錯誤の中からしか見え
 てこないものである。

 ゆえにこそ、複数の政党が存在するべきなのである。

 つまり、政党の評価は、どの政党がより良く意見交換を行い、よい結論をだせ
 るかによって決められねばならない。

 その判断基準は、ひとによって異なるであろう。

 妥協的な漸進案を好むひともいれば、急進的な意見をぶつけ合う政党が好き
 というひともいよう。

 だから、政党が多様な意見を内包する場合にも、複数の政党が必ず必要とな
 る。

 どちらがより良い政党内民主主義を確立しているか。 最大の争点はそこに
 あらねばならない。

_________________________________

 では、違った意見を集約する為に、具体的に何が最も重要なのであろうか。

 私はこの掲示板を始めるにあたって、討論態度こそが最も重要だ、という
 ようなことを言った(ような気がする (^o^))。

 政党にも、同じことが言える。

 よき討論態度の徹底こそが、最低限度の必要条件なのである。

 人は自分が信じる事を主張するとき、信じられないほど愚かな行動をする。

 卒業式の壇上から日の丸の旗を引きずり下ろす教師は、ファシストである。

 ファシストの定義は、自己正当化とその暴力による実行であるのだから。

 逆に、ファシストだと名乗る人間でも、その討論態度が他人の意見を尊重し、
 冷静に反論するものであったならば、この人はファシズムを名乗る自由主義
 者である、と言わねばならない。

 反戦・平和を叫ぶ人が、ファシストでないという保証はない。

 軍備拡張を主張する人は、自由主義者でないという訳でもない。

 重要なのは、その討論態度なのであり、それを保証する討議進行なのである。

 もしも、誰もが認める活発かつ紳士的な討論の場が形成されたならば、意見
 の違いを超えて、その場を保持することに努めるであろう。

 そのような、「保つべき場」としての魅力を持つこと、政党の存在意義はそこに
 あるべきなのである。

 それができたとき、政党内民主主義は確立した、とはじめて言えるのだ。


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2010.03.15 07:10:23

From:  一久

情報化社会について


 「情報化社会になって、情報に流される危険がある」とかいうような
 ことが、よく言われる。

 しかし、これは自己矛盾した論理である。

 というのは、情報化社会とは、必要な情報を素早く得て、それを役立
 てることのできる社会のことである。

 だから、「情報に流される」ということは、すでに情報化社会の構築に
 失敗しているということを意味する。

 つまり、この種の懸念を言う人は、情報が過剰な社会のことを情報化
 社会だというふうに誤解しているのである。

 いや、誤解というよりは、情報という言葉の意味を分析することを怠っ
 ているのである。

 情報とは、役にたつ情報のことを意味する。役にたたない情報は情
 報ではない。

 そして、情報化社会とは、より容易かつ迅速に大量の役に立つ情報
 を得ることのできる状態を目指す社会なのである。

 例えていおう。 

 辞書をみよ。

 ほとんどの人間は、一冊の辞書に載っている情報さえも使いこなして
 はいない。

 つまり、「情報に流されている」状態なのである。

 情報化社会がどうのこうのいうはるか以前から、人間は情報に流され
 ていることになる。

 しかし、我々にその意識はない。

 辞書は、我々の問いかけに答えて、有益な知識を与えてくれるときに
 だけ、情報源となるものだからである。

 これこそ、情報とは役に立つ情報だけをいう、ということである。

 従って、情報化社会の構築を目指すのであれば、いかにすれば役に
 たつのか、という視点からコンテンツを作っていかなければならない。

 現在の、野放し状態のHPなどは、そこからはほど遠いものであると
 いわねばなるまい。

 だからといって、この作業は、決して難しいものではない。普通程度
 の頭の良さがあれば、誰にでもできることだ。


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2010.03.14 21:16:56

From:  一久

小室直樹 著 「偏差値が日本を滅ぼす」 カッパビジネス


なんどか紹介したこの本は、教育問題を考えるうえで、このうえなく貴重なもの
である。

この本にかかれてあることから、少し述べてみよう。


戦前の大学において、東大はトップではなかった。

ではどこがトップだったか?

陸兵・海兵学校である。学校で一番の生徒、それも文武両道にすぐれた子が、陸兵
に入り、二番の子が一高(東大)に進学したのである。

さらに、神戸・横浜の両商高の卒業生は、東大出よりも出世することが少なくなかった。

しかし、真のエリートは、陸兵にも東大にも行かなかった。

彼らは、地元の師範学校にいって教師となり、カントリージェントルマンの生活を
送ったのである。

十分な資産と頭脳に恵まれた人間は、このような悠々自適の生活を送るものであり、
東大に入って役人として出世する、などというのは、かわいそうな貧乏人に与えられ
たわずかな望みでしかなかった。

であるからこそ、この時代には、資産家が同郷の貧乏人の子供に学資を出してやると
いうような例が相当にあったのである。

今の世の中で、こういうことがあるだろうか?

むしろ、資産家の両親は、あの貧乏人の伜になんぞ負けるな!とばかりに、自分の子供
に家庭教師をつけたりするのではないだろうか。

なんども言うようだが、この本は読んでおいて損はないものです。

_____________________________________________________________________________

話は変わるが・・・


知識や学問は重要だし、それを試験という客観的な方法で試すことも良いことだ。

だが、能力があるか、良い仕事をするか、さらには社会の為になにかができるか、と
いうことと、試験で良い点をとることには、残念ながらあまり関係はない。

そうであればこそ、東大出でない我々が、東大出のエリート官僚のやってることに、
文句をいうことができるわけだし、東大を出てもオーム信者になる人間もいるわけで
ある。鳩山総理みたいな人間も出てくる・・・


坂本竜馬が大きな仕事をしたことは確かだが、彼の知識が同時代の他の侍に勝ってい
たわけでは決してない。

和漢の知識はもとより、洋学にしたところで、竜馬など足元にも及ばぬ西洋通はいく
らでもいた。

しかし、回天の事業は竜馬なしにはあり得なかった。

なぜこんなことになるのか、といえば、要は、とらわれなかったからだ。

物事に捕らわれていれば、どんなに豊富な知識や優秀な頭脳を持っていても、その人
は愚物である。

エリート官僚が、我々凡夫に馬鹿にされるのも、彼らが官僚機構というものに捕らわ
れているからだ。

安藤百福は、カップラーメンの開発において、いくつもの新しい発想を思いついた。

その度に、彼は自分自身にいう。

「ここでもまた、常識に捕らわれていたのだ!!」と。


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2010.03.13 07:01:19

From:  一久

住宅政策についての私見


バブルが崩壊して住居が取得しやすくなったという。手に入れやすくなったと
いっても、小さなマンションでも何千万もする状況をもって、住環境がよくな
ったとはとても思えないのだが。

私の考える 「健康で文化的な生活」を満たすに足る住居の条件は、 居住面積
100平米の集合住宅で家賃月額3万円(96年時点の物価で)、これが最低
限度である。

お手元の広告などをご覧くださいませ。100平米のマンションというものが
どのぐらいのものなのかよくわかることでしょう。これを月額3万円で誰もが
借り受けることができるのであるならば、一応、住宅問題は解決したと思える
のではないだろうか。

昔、バブル華やかなりしころ、どっかの外人が土地が高いのが問題なのではな
い家賃が高いのが問題なのだ、とかいっていた。その意見には賛成なのだが、
では高層化によって家賃が劇的に下がるかというと、そうでもなさそうだ。少
なくとも上の条件を満たすような物件を数多く造ることはできまい。

一方、バブル退治による土地の値下がりによってもこの条件は達成できないも
のであることは間違いないだろう。

しからば、100平米3万円を実現するためには、政治的決断による強行こそ
が必要なのであるという結論に至る他あるまい。(もっとも、十円で家が立つ
技術とかが生まれれば話は別であるが)

住宅問題は市場経済によっては解決しない。というよりも、万人に良い住宅を
与えるという社会的要請が先にある以上、住居対策は本来政治的決断によって
こそ解決されねばならないものなのである。

といっても現在の公団のようなやりかたでも不可能である。より強行にして政
治的な介入が不可欠なのである。

:試算

1平米あたりの建築費を10万円とすると、100平米で1000万円。

月額3万円で 3×12= 36万円 ,36 × 30年 = 1080万円

無利子でなら30年で償却できることになる。

2000万戸 = 約6000万人ぶんほど作るとして、総事業費は200兆円
毎年20兆円 × 10年で完成。やすいもんじゃないか。

たとえこの事業の為に国家財政が破綻しようとも、その穴埋めに大量の日銀引
き受けがなされて狂乱インフレが起こったとしても、それがなんだというのだ。
国民はやすくて広い住宅を手に入れたのだ。もはやなにも恐いものなどありは
しない。インフレは却ってこの事業の為の返済を容易にするであろう。

ここでは土地の値段は一切考慮していない。

なぜか。 全額日銀引受国債で賄えるからだ。土地は減らない。ゆえに、帳簿
  の上ではプラマイゼロとなる。それどころか、国営マンションが建つことによって、
  地価は上昇する可能性もある。

 


:都市論

首都移転等の議論のさい、つねに都市の人口集中が問題視される。しかしなが
ら、都市に人口が集中していることによる利益はきわめて大きなものであり、
であるからこそ人は都市に集まってくるのである。

たとえば、地方の小都市においてはその年の代表的な映画がほとんど上映され
ない、などということがおこる。宣伝費を贅沢に使える映画だけが興行できる
という状態がすでに現実のものになって久しい。これらの都市が代表作を上映
できるのは、キネ旬がランキングを発表してからである。キネ旬の権威を借り
てはじめて上映可能となるのだ。

これが東京ならば全然話がちがってくる。少数派だけを対象とした催しであっ
ても、母数が多い為に一応興行可能な客数を集めやすい。

人口の集中はこのような利点をもっている。集中すると危険だから分散する、
などという論は、このような集中の利点を故意に見過ごしている。そのような
分散は、比較的に分散していない都市への憧憬をより強めるだけの結果になる
であろう。つまりは、東京への一局集中がより進むのである。

集中しても危険でない都市造りこそが我々のいくべき道なのである。

2000万戸の都市をつくれ。北海道でもどこでもいい。日本の人口の半分が
集中する都市を。さすれば集中の利益を求めて多くの企業がやってくる。

家康が江戸に幕府を開いてわずか400年である。当時の江戸は今の北海道よ
り開けていなかった。


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2010.03.12 20:08:51

From:  一久


民主主義にとって選挙とは、「民主主義を否定する国民」が多数を占めている
のであるならば、民主主義を終わらせてもよい、という、一種の ”踏み絵”の
ことである。

民主主義が国民主権に立脚する以上、もしも大多数の国民が民主主義を否定す
るのであるならば、それに従わねばならないし、そのような審判の機会を、民主
主義を否定する勢力に与えなければ、民主的とは言えないからである。

民主主義は、国民によって民主主義が支持されているのだという禊ぎを受ける
ことを必要としている。それが選挙というものである。

そのような試練を乗り越えないければ、本当に民主主義が国民に望まれている
のかどうか、分からないからである。

言い換えれば、選挙によって民主主義が否定される可能性は常に存在するのであ
り、それどころか、そうでなければ選挙の意味はない、とさえ言えるのである。

ゆえにこそ、古今東西、選挙の結果、とても民主的とは思われない政権が誕生
することが少なくない。

選挙をすれば民主主義なのではない。選挙は民主主義が受けることを運命付け
られた、試練にほかならないのである。


【 まとめ 】

民主主義とは、国民が望む政治を行うという制度である。であるならば、まず
第一に、国民が民主主義を望んでいるのかどうかを国民に聞かねばならない。
それが、国政選挙というものである。

ゆえに、国民が民主主義を否定する結果となる場合もあり得るのだ。

それは、民主主義の欠陥ではなく、宿命なのである。

本当に民主主義で良いのか、と聞く作業を無くせば、民主主義自体の正当性も
消滅してしまうがゆえに。


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2010.03.11 16:52:05

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